第19章 :*・゚* 星月夜に果実は溺れ*・゚・。*:
もしも互いに鬼狩りとは無縁の生き方をしていたら、別の道があったのだろうか。そんなことは取るに足らないおとぎ話なのだとわかっていても、ふと脳裏の端で小さな芽が顔を覗かせる瞬間がある。
実弥の背に残る傷跡の感触が、今頃になってくっきりと、星乃の指先に伝わった。
空耳でも夢でもない。実弥の言葉が残響となり、鼓膜に残る。
「俺は今······腹の底から、お前を孕ましちまいてェと思ってる」
「っ、ふ」
紅を引くように、下唇をなぞる親指。歯列をこじ開け、隙間から挿入した実弥のそれが上顎を丁寧になぞりはじめる。
こくり···と、星乃は喉を波打たせた。
静寂の訪れに、互いの冷めない体温が漂う気配だけを感じた。
指先の快楽に耐えきれず、実弥のそれを甘噛みする。舌の上に転がる微かな塩気。下腹部が、ひどく疼いた。
星乃は言葉を返せずにいた。というのも、肝心のこの口に実弥の指が挿し込まれているからだ。
つまるところ、喋れない。
同時に、これまでに目にしたことのない実弥の悩ましげな眼差しが、星乃の声を奪ってもいた。
しばらくすると、深紫色の眼球はまぶたで覆い隠された。眉根を寄せた実弥の眉間に深いしわが刻まれる。そして、実弥はフイと星乃から顔を背けた。
「────…悪い」
渇いた声がした。
忘れてくれと、実弥は言った。
「っ、実弥」
歯列から指が引き抜かれた瞬間に、とっさに名前が口を衝いて出た。
行かないで。
やめないで。
心が叫んだ。
謝らないで。
そんな顔をしないで。
胸の奥にあたたかな雨水がじわじわと広がってゆくような心地がした。
(······忘れるなんて、 )
どうしたってもう、
───聞かなかったことにはできない。
「······実弥」
唇から微かな息が放たれる。
星乃は不思議と穏やかな心持ちでいた。
実弥がおもむろにまぶたを開くと、再び、互いの視線が重なった。
「───…きて」