第19章 :*・゚* 星月夜に果実は溺れ*・゚・。*:
もぞりと実弥の背中が動く。星乃は半歩後ろへ下がり、くるりと半回転した実弥の身体から腕をほどいた。
「俺は、優しくねェよ」
ぽん、と頭頂に落とされた掌。羽釜の火具合を確認するように、隣の竈の前に腰を下ろした実弥を目で追う。
優しいね。の一言を、彼はいつも否定する。謙遜ではなく、実弥は本当にそう思っているのだろう。
実弥の中にある優しさに、実弥はずっと気づけていない。自分にも厳しいひとだから、認められないのかもしれない。
匡近やカナエのような、実弥の知る"心優しい"人間と自分は違う。そう思っているのかもしれない。
「そんなことない」
立ち上がった実弥の腕に手を添えて、星乃は微笑んだ。
確かに、実弥の優しさは、匡近とは違う。カナエとも違う。けれど、優しさの種類は一つじゃない。すべてが同じ形でもない。
誰かにとっては優しいひとでも、違う誰かにとってはそうでないこともある。
誰がなんと言ったって、実弥自身が否定したって。
実弥は心根の優しいひとよ。
──くしゃり。
今度は短く頭頂を撫でた実弥を見上げる。すぐにそっぽを向いてしまった実弥の表情は確かめることができなかったけれど、はいはい、という単なる相槌にも思えたし、ありがとなと言われたような、そんな触れかたにも思えた。
「わ、今晩はふろふき大根?」
見ると、厚く輪切りにされた大根が鍋のなかに敷き詰められていた。ほんのり琥珀色に色付いた湯に浸り、幾つかのものは縁の部分が透けてきている。
奥に置かれた小鍋には、すでに味噌だれができあがっていた。
「お前好きだろ?」
「嬉しい。実弥の作るふろふき大根、すごく好き」
「つってももうしばらくかかるぜぇ」
「なにか手伝えることはある?」
「そうだなァ···。こっちはいいから風呂釜見てきてくんねえか? 具合よけりゃあ先に貰っちまってくれ」
「見てくるのは構わないけれど、それなら実弥がお先に貰って? 今日は任務はお休みなんでしょう?」
「ああ、久方ぶりになァ。俺はまだ羽釜の火加減見てェから後でいい」
「でも、柱稽古で疲れてるのに」
「そりゃお前も同じだろう。それに、羽釜と鍋の火、お前いっぺんに見れねぇだろ?」
「···おっしゃる通りでした」