第18章 天の邪鬼のあかぎれ
「その袖なしの羽織もなかなか見かけない形だなと思って」
「へ、変···スか······この羽織」
「ううん。そんなことない。綺麗な色だし、その隊服にも玄弥くんにもとってもよく似合ってるわ」
玄弥の顔色がますます濃い赤になる。それを誤魔化そうとするように、玄弥は片腕を口もとへ寄せケホンとひとつ咳払いした。
「紫色、好きなの?」
玄弥は無言でこくりと頷く。
「というか、これと同じ色の、花が」
「もしかして、スミレ?」
こくこくこく、と今度は三度。馬の鬣 (たてがみ) のように生え揃った頭部の中心の黒髪が、ふわふわと靡いた。
「か、家族との思い出の花······だから」
玄弥は、対話をするとき常に星乃の足もとの辺りを見る。
そんな彼と星乃の視線が重なり合うことはなく、しどろもどろに言葉を並べる玄弥の所作はどことなく落ち着きがなかった。それでも懸命に会話をしてくれる姿が玄弥の誠実さを物語っているような気がした。
兄の、屋敷の寝間に飾られたスミレの花の絵。同じ花の色の羽織を身に纏う弟。
( ···同じ )
見えないところで繋がっている。それが心嬉しくもあり、少しだけ、さみしくもある。
「······玄弥くん」
名前を呼ぶと、玄弥の目線が心持ち上を向いた。
二人の視線はまだ通わない。
辺りが少しずつ影になるたび、水車の奏でる水音の色が鮮明になってゆく。
掬い上げる音。零れ落ちる音。裏に構えた小屋の中では製粉をしているのだろう。カタン、カタンと小気味良く打ち付ける音がする。
「一緒に、頑張りましょうね」
「ぇ···」
「鬼舞辻無惨を倒して、鬼のいない平和な世の中を作りましょう」
そのとき、はじめて玄弥と星乃の視線が重なった。
実弥は玄弥を愛している。
玄弥も実弥を愛している。
鬼という存在が二人を引き裂き、共に過ごせる時間を奪い続けているのなら、一体でも多くの鬼の頚を斬り、一日でも早くその存在を根絶やしにする。それが、二人のために唯一できることなのかもしれない。
人々の命を脅かす化け物たちが跡形もなく消え失せたとき、実弥と玄弥はきっとまた昔のように戻れるはずだ。
今はただ、そう信じて進むしかない。