第18章 天の邪鬼のあかぎれ
手も、脚も、鼻も、口も。何もかもが頼りないこの小さな弟を、ずっと守ってやらなきゃと、そう思った。
「玄弥の奴、デカく、なりやがって」
しまいこんでいたはずの幼かった玄弥の笑顔が、実弥の眼裏いっぱいに広がった。
背中にずんとのしかかる影が足取りを重くする。
( ああ···思わず感情的になってしまったわ )
星乃は自己嫌悪に陥っていた。
実弥自身が玄弥を危険にさらしたと聞いたときは、耳を疑った。実弥には実弥の想いがあるのだと理解しているつもりでも、玄弥へのそれはさすがに度を越えた振る舞いだというやるせなさと困惑が、星乃の中で制御しきれないほどに膨らんだ。
後悔だけはしてほしくないと口にしたのは、あのとき、文乃の気持ちに最期まで気づくことのできなかった自分と実弥が、重なって見えたからだ。だからこその想いだった。それが実弥や玄弥のためかと言えば違う。同じように後悔してほしくないという、ただの私の勝手な願いだ。
勢いのまま制止を振り払って飛び出してきた。けれど、こんなときだからこそ、実弥の傍にいてやるべきだったのではないか···という気がかりも消えない。
道端のススキを揺らす風が刻一刻と冷えてゆく。宵の訪れを示唆するように、東の空に伸びる細長い雲が夕焼けに溶けはじめていた。
実弥に余計な心配をかけるわけにもいかないし、日が落ちきるまでにはどうにか屋敷に戻りたいところだ。
しばらく集落一帯を歩き回り人影を探したが、それらしき二人組の姿は見えなかった。
門扉の前でぶつかったあと、ずいぶんと慌てた様子で走り去って行ったから、すでに山ひとつ越えてしまった可能性もある。
このまま引きかえそうかと考えながら、緩やかな下り坂の前で足を止めた。ふと、下ってすぐの場所に黄色の頭をした少年の姿が見えた。
隊服を着ている。我妻善逸だとすぐにわかった。
善逸の手前に立つ隊士の背中に目がいく。離れた場所からでも上背に恵まれているとわかる体躯。隊服の上に着ている紫色の袖なし羽織。横を剃りあげた癖のある黒髪。──玄弥だ。
彼らに向かって歩いてゆくと、納屋を背に回る中型の水車が視界に入る。その正面には段差の浅く短い石畳の階段があり、善逸が座っていた。