第18章 天の邪鬼のあかぎれ
静かに、しかしはっきりと、星乃は言った。
「玄弥くんを探してきます」
「おい···っ」
「余計なことは言いません。本当に怪我の様子を見に行くだけよ」
「だから、んなもんほうっておけ」
「ほうっておけません···!!」
語気を強めた星乃の言葉が鼓膜を貫く。
実弥は思わず仰天し目を剥いた。
星乃がここまで強い口調で実弥の言葉を打ち消してみせたのは、はじめてのことだったのだ。
「実弥のわからずや···っ」
「な"、オ"イコラ星乃、待ちやがれ···っ」
実弥が唖然とした一瞬の隙、星乃はぴゅうと逃げるように実弥の横をすり抜けた。すかさず前に踏み込む実弥。しかし、こんなときに限って竈の火を焚いたばかりであることに気づく。
「ぁ"あ"、クソ···っ」
厨に戻り竈の火を消す。その後急ぎ足で玄関先まで戻ったが、すでに星乃の履き物はなくなっていた。
ため息を吐き出ししゃがみこむ。項垂れるように首を垂らすと、実弥は板張りの床に向かって「···ハ、」と小さく破顔した。
「言うようになったじゃねェかァ······あいつァ」
後ろ首に手を回す。
足もとに広がる木目をひととき眺める。
『実弥には、後悔だけはしてほしくないと思ってる』
ゆらゆらと、輪郭が曖昧になる年輪模様。
星乃のそれは、あの日、『実弥の思うようにしたらいい』そう実弥の肩を優しく叩いた林道が、続けて諭した言葉そのものだった。
だだしな実弥──…
『何が起こるかはわからない人生だ。実弥は努力家だが、思いの丈を後回しにしがちだろう? あのとき、ああしておけばよかったと悔やまないよう、時には言葉にする努力も惜しまないでほしいと俺は思う』
双眸に蓋をする。
息を吸い込み、吐き出す。
玄弥は、実弥にとってのはじめての弟だ。母の腕に抱かれた産まれたての玄弥の顔は真っ赤で、まるで小猿みたいだと思ったことを覚えている。
薄い唇をぽっかりと開け、ふにゃふにゃと息をする玄弥がひどく不思議な生き物に思えた。同時に、胸の奥を暖かな風にくすぐられ、気づけば頬の筋肉が綻んでいた。
いつまででも時間を忘れて眺めていられた。それぐらい、愛らしかった。