第18章 天の邪鬼のあかぎれ
星乃は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で双眸をしばたたかせた。
これが、噂の嫁たちだ。ものすごく賑やかだ。しかも今、ぼんくらって言った? 宇髄さんに向かって?
面食らっている星乃をよそに、天元は嫁たちのいざこざをのらりくらりと適当にかわしている。もしかしたらいつものことなのかもしれない。
「私は飛鳥井星乃と申します。しばらくこちらにお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないで。女同士、なにか困ったことがあったら遠慮せず言ってくださいね」
「そうですよお! 天元様に言えないようなことはあたしたちにおまかせください!」
「あんたじゃなにも頼りにならないだろうけどね須磨」
「むきーっ!」
なんて自由でのびのびしているお嫁さんたちなのだろう。彼女たちを見ていると、こちらまで楽しい気持ちになってくる。
女房が三人いる暮らしと小耳に挟んだときは折り合いが悪いものかと思っていたが、こうして口喧嘩をしていても互いへの信頼感があることが伝わってくる。天元が分け隔てなく彼女たちを大切にしている証拠なのだと思う。(そして皆思った通りの美人だ)
食事をしながら会話が弾んだ。三人は、各々【雛鶴】【まきを】【須磨】と名乗った。皆、元くの一だという。
天元の話になると、雛鶴も、まきをも須磨も、皆とても幸せそうな顔をする。星乃は興味深く彼女たちの話に耳を傾けた。
命の順序というものを自身の中で明確にしている天元は、ある日迷うことなく彼女たちにこう言ったそうだ。
『任務遂行よりも自分の命のことだけ考えろ』
『他の何を置いてもまず俺の所へ戻れ』
『派手にぶっちゃけるとお前らのが大事。だから死ぬなよ』
天元が、いかに彼女たちを大事に想っているかが伝わる言葉だと、星乃の唇から感嘆のため息が漏れた。
鬼殺隊として生をまっとうしてゆくなかで、私たちは必ず壁にぶち当たる。どれだけ最善を尽くしても、すべての命を救うことは叶わないのだという事実を問答無用で突きつけられる日が訪れる。
優先順位と言葉にすると、なにかを切り捨てなければならないとか、命に優劣をつけてしまうのではないかという己に対する失望感が心の片隅を蝕んでいた。