第18章 天の邪鬼のあかぎれ
鬼殺隊を引退した話は耳にしていたが、彼の怪我の状態の詳細は把握しきれていなかったため、上弦の鬼の並外れた力の強さに星乃は改めて戦慄した。
天元の訓練は男女混合で、こちらも過酷なものだった。
「遅い遅い遅い遅い! 何してんのお前ら意味わかんねぇんだけど!! まず基礎体力が無さすぎるわ!! 走るとかいう単純なことがさ! こんなに遅かったら上弦に勝つなんて夢のまた夢よ!?」
走って走って、とにかく走る。ひたすら走る。目標地点で待ち構えている天元は、竹刀を翳して牙を剥く気満々だ。
「ハイハイハイハイ地面舐めなくていいから! まだ休憩じゃねぇんだよもう一本走れ!」
くたびれ果てた男性隊士が地に崩れると、バシンッ! 天元の竹刀が容赦なく隊士の尻を猛打する。
続々と根をあげはじめる隊士たち。一人、また一人とうずくまるたび「質が悪い!」と憤怒する天元を遠巻きに眺めながら、やっぱり怖い人かもしれない···と星乃は怯みがちでいた。
「よォよォ飛鳥井、久しいなあ! 元気そうじゃねえか!」
水分で喉を潤していると、天元が右手を翳しながら星乃のもとへやってきた。咳き込みそうになるのをこらえ、水の入った竹筒から離した口を掌で押さえる。
蝶屋敷での印象が根強く残っているせいか、どうにもまだ構えてしまう。
「飛鳥井は余裕そうだなあ! へばってる様子もねぇし大したもんだ」
「い、いえいえとんでもない、へとへとです···!」
「不死川は元気にしてるか?」
にこやかな表情を見せる天元の眼帯に目がいく。近くで見ると、眼帯からはみ出す傷は一段と深く大きい。
「ん? これか?」
「あ···っ、すみません···!」
「いや構わねぇよ。あのあと花街で上弦の鬼とやりあった時に負ったもんだ」
「凄まじい戦いだったと聞きました···。その後鬼殺隊は引退されたのですね」
「ああ、こうなっちまったら思うように戦えねぇからなあ。申し訳ねえ気持ちもあったが、お館様も認めてくださった」
「身を引く決断も容易なことではありませんから······立派な、選択だと思います」
直後、星乃はハッとし、「すみません、賢(さか)しらに」と肩をすぼめた。
「はは、ありがとな」