第17章 この指とまれ
「だからこそ、大事なもんを守れるよう力をつけるしかねぇんだ。弱音吐いてる暇があんなら俺は己を鍛え上げることに精を出す。粉骨砕身して強くなりゃァいいだけのことだ」
良くも悪くも、実弥は強い人なのだと改めて思う。己の境遇がそうさせたのだとしても、誰もが必ずしも苦境を乗りこえられるばかりではない。並大抵の精神力では実弥のようにはなれないだろう。
ぶれないし、折れないし、曲がらない。そんな実弥をはじめは頑固者だと怖れていた者たちも、実弥のことを知れば知るほど次第に信頼を寄せるようになってくる。だから星乃や実弥の同期の多くは彼の信念を理解している。隊の中で、実弥が恐れられていると噂になるのは、実弥をよく知る仲間や直属の部下たちが次々に命を落としてゆくから。
実弥はずっと変わらない。不屈の魂と血の滲むような努力の末の、強固な意志や信念。一本筋の通った理念。その奥には決して揺るがない優しさを携えている。
「何を泣きそうな顔してやがる」
ふいに実弥にそう言われ、星乃は思わず自分の頬に手を乗せた。自覚はなかった。
いつかの匡近とおんなじツラしやがって、と実弥が眉を下げ笑う。
「匡近やお前は育ちが良すぎんだよなァ。俺はその可哀想だとかいう周囲からのくだらねえ持論を耳にタコができるぐれぇ聞いてきたからよ、いちいち真面に受け取ってたらキリがねえんだ。だからよ星乃、お前もあんま難しく考えすぎんじゃねえよ」
実弥が、どれだけ家族を大事にしてきたのかがわかる言葉だった。それは、実弥もまた家族に愛されてきた証なのだ、と。
「···玄弥が、まだ、生きてんだ」
実弥は、静かに、しかしはっきりと言葉を継いだ。まるで己に再確認でもするように。
「匡近に逢えて、良かったと思う。師範や婆さんには感謝してもしきれねえ。お館様を、尊敬してる」
「っ、うん」
「お前がいてくれることが、たまらなく、尊い」
────…私もよ。
込み上げる思いに遮られ、紡げなかった一言が、夏の残り香と混ざり合い吐息に溶ける。
実弥の言葉 (おもい) はまだ続いている。
だから泣かない。
ここで泣いたら、きっと途切れてしまうだろうから。
愛しいひとの柔らかな胸の内を、
最後まで
心に刻むの。