第17章 この指とまれ
「お前は俺の稽古には参加しなくていい」
「──え?」
実弥からの思わぬ言葉に、星乃は口に運んだ抹茶椀から顔を上げた。爽籟の頭を親指で撫でながら、まぶたを伏せ、実弥は言い淀むことなくそう口にした。
チリン。二人の間に滑り込む風鈴の音が、さきほどよりも憂いを帯びて鼓膜に触れる。
「しなくていいって···全員参加じゃないの?」
「強制じゃねえし、ついてこれねぇ奴ァ極力辞退の申し出を認めるよう悲鳴嶼さんには言われてる」
「そう、なの···」
「俺は基本、途中退場は認めねェつもりだがなァ」
「···私は、参加させてもらいたいわ」
星乃は抹茶椀を縁板に置き、身体を傾け実弥を見つめた。真っ直ぐな眼差しが、実弥の横顔に突き刺さる。
実弥は爽籟から顔を上げ、晴れた空を仰いで大息した。
言うと思った。そんな表情をしている。
「今回の稽古は集団だ。謂わば皆同じことをするわけだ。一人一人の能力に応じて手合わせを買って出ることは出来ねぇ」
「もちろんそれは承知の上よ。それでも私は参加したい。基礎は大事でしょう?」
「他の柱が何をするかは聞いてねぇが、俺の場合は集団で俺に斬りかかってくるだけのもんだ。お前はすでに俺と一対一 (サシ) でやりあえるぐれぇの能力がある。わざわざ集団に紛れる必要はねえ」
「···実弥と、渡り合えているなんて」
あるはずがない。と、星乃は胸の内で感情をぐっと抑えた。
湧き上がった感情がどういったものなのか、様々が入り交じり確かなものが見えてこない。寂しいのか、悲しいのか、辛いのか、悔しいのか。どれも違う気がするし、どれも当てはまるような気もする。
いつだって星乃は実弥に負け続けてきたし、今の今まで、実弥から一本取ることさえできていない。
この屋敷に住むようになってから、実弥は星乃に稽古をつけることをしなくなった。
実弥は日々怠ることなく、己を鍛え上げている。
現状に満足はしないのだ。
そんな実弥の邪魔にはならないよう星乃も個人で日々鍛練に励み続けている。