第17章 この指とまれ
二人の時間が、永遠に続いてくれたらと、そんなおとぎ話と現世の狭間をひとときゆらゆらと泳いでいる。
吐息は、いちごの香りがした。
「甘ぇなぁ」
実弥の口もとが綻べば、
「ふふ」
星乃も薄紅の頬を緩める。
「しかし、こりゃさすがに食えねぇかァ」
「改めて見ると本当に目に余る光景ね···食べ物にも申し訳ないったら···」
星乃はその場にしゃがみ込んで肩を落とした。
落下したパンケーキはひび割れて、二枚ともぺしゃんこにしぼんでいる。ジャムを盛った側が床に落ち、ジャムの赤い斑点と、細かく刻んだキウイと林檎があちこちに飛び散っていた。
星乃の眼前に腰を下ろすと、実弥はパンケーキを一口大にちぎって口の中へ放った。
「さ、実弥? だめよお腹壊しちゃう」
「こんぐれぇで壊しゃしねぇよォ。こっちの面は床についてもねぇし」
確かに、それもそうねと、実弥に続いて星乃もパンケーキへと手を伸ばす。
「無理するこたぁねぇぞ」
「せっかく一生懸命作ったのに勿体ないもの。私も食べられるところはいただくわ」
表面をちぎり、口へと運ぶ。
「ん、やっぱり美味しい」
「ああ上出来だ。駄目にしちまった分は勿体ねぇが、餡のほうを一枚やるからそいつにもういっぺんジャム乗っけろよ」
「いいの?」
「ジャムも食いてぇんだろ?」
ジャムのついていた面は床に触れてしまっているので味わうことができなかった。
幸い、ジャムと果物はまだ少し余っている。
星乃は遠慮がちにうなずいた。
「ならまだ温 (ぬく) てぇうちに食っちまおうぜ。片付けと湯浴みはそれからでも十分だ」
そう言って立ち上がり、実弥は未使用の布巾を水で濡らすと星乃の頬についたジャムを拭った。
実弥のほうがずっと汚れてしまっているのに、こんなときでも星乃を優先してくれる。
心遣いというよりは、自然とそうすることが身についてしまっているような。あたかも当然のように振る舞える実弥のそれは、本当にすごいと思う。
「食ったら湯浴みの準備だなァ」
「そ、それはぜひ私にお任せください···」
星乃は土下座する勢いで深々と頭を垂らした。