第17章 この指とまれ
星乃の背に緊張が駆け抜けた。淡々としていながらも、実弥の物言いは穏やかさとはほど遠い。
( 一発って、まさか、そんなこと )
あるはずない。星乃は胸の内で否定した。
実弥は怒りにまかせて手が出てしまうこともある。とはいえそれもおおかた正当な理由があってのことだし、なにより女子供やお年寄りにはとても優しい人なのだ。
確かに自分は責められても致し方ないだろうことをした。
そうはいっても。
「歯ァ、食いしばれよォ」
実弥は、そんなことをするような人じゃ···っ。
双眸をきつく閉じ、言われるがままぐっと奥歯を食いしばる。
──べちゃ。
痛みとは異なる感触に、びくりと肩が飛び跳ねた。ひやりと冷たいもので頬が濡れ、何事かと思う間もなく甘い香りが鼻腔に絡む。
「?、?」
恐る恐る頬に触れると、赤い果実が星乃の手を染めた。ジャムだった。
実弥がうっすらとしたり顔を浮かべている。まだ拭いきれていないジャムを頬の上で光らせながら。
「参ったかこのぽんつくがァ」
「ひ···ひどい」
「ぁ"? どの口がンなことを言いやがる」
「ム、グ、へも、しゃねみなら、避けはへる、かほ」
実弥の片手に頬をむぎゅうと挟まれる。
「お前がすっ転ばねぇよう、それだけに意識全部持ってかれちまってたからなァ。あーあァ、情けねぇったらありゃしねぇぜ」
「ほ、本当に、ごめんなさ」
「こんなことぐれぇで腹なんか立てねぇよォ。だが、これであいこだぜぇ」
「っ、─…っん」
唇に、ふわりと実弥の唇が降りた。
柔らかい。あたたかい。
甘くて、美味しい。
果実の波に溺れるような、そんな口づけ。
絡まる舌が、より濃厚な甘さを引き連れてくる。
果肉の感触が口のなかで転がり続けている間、実弥と星乃時間を忘れて互いを求めた。
唇が離れても、実弥は蜜に誘われる蝶のように何度も星乃の舌を吸う。
足もとがおぼつかなくなり、星乃は実弥の首に腕を回した。
夢の中にいるようだった。
どれだけ近づいても足りない。
いっそこのまま離れかたさえ忘れてしまえればいいと思う。