第17章 この指とまれ
ガタ···ッ
「あ······っ」
「!?」
振り向いた星乃が作業台の角に腰をぶつけた。瞬間、星乃の手から皿が滑った。
星乃は咄嗟に持ちこたえようと踏ん張った。ところが余計な力が加わり、パンケーキが皿ごと勢いをつけて上空に放り出されたのである。
実弥が大股で一歩踏み込む。手にしていた茶筅が石張りの土間に落下し、カツ···ン···ッ。一度弾んだ。
その全ての動作が、やけに緩やかに流れて見えた。
───ベシャ…!
「「······」」
なにが起きたのかと、理解するのに寸刻。
星乃の顔からみるみる血の気が引いてゆく。肺臓が大きく膨らみ、双眸と唇が自ずと開き、肩が高く持ち上がる。
「さ、さねみ」
「······」
べしゃり···。声をかけた折、床に沈んだパンケーキ。上空を舞ったそれは実弥に見事に命中し、真っ赤なのジャムが色素の薄い前髪と顔左半分をてらてらと艶めかせている。
ぼた、と、ジャムの塊が実弥の胸もとを滑った。
「···星乃よォ」
双眸を綴じたまま、実弥は低い声を発した。静かな声音が逆に恐ろしいと思った。
「ご、ごめんなさい実弥······私···」
割烹着から厚手の手巾を取り出して、すぐさま実弥の傍へ寄る。
実弥の前髪はジャムと果物の汁でべたつき、割烹着も身につけていないため羽織や隊服も汚れてしまった。これでは湯浴みをしたほうが手っ取り早い。羽織もすぐに洗濯しないと汚れが落ちきらないかもしれない。
ひとまず間に合わせの処置として、星乃は手巾で実弥の汚れを拭き取りはじめた。
「だから、あれほど、気ィつけろと」
「わ、わざとではないのよ···? ほら、急に実弥に呼び止められて」
「あァ、そうだなァ···俺が呼び止めちまったんだよなァ···まさかそれでこんな失態を犯すたぁ思いもよらねぇしよォ···」
「せっかく、実弥が手伝ってくれたおかげで上手に出来上がったのに、材料も無駄にしてしまって、本当に、なんてお詫びをしたらいいか···」
「詫びなんざァどうでもいい···だがなァ星乃、このままじゃあ、俺の気が済まねぇからよォ···。一発、覚悟しろやァ」
「っ、?」