第17章 この指とまれ
「本当にいい匂い」
星乃はパンケーキに鼻先を寄せ、焼きたての香りを思いきり吸い込んだ。
実弥がフライパンの上で返した二枚は絵に描いたようなまん丸で、見た目もとても美しかった。
対して星乃が返したものは形が崩れ、生地の真ん中が雪崩のようにはみ出している。
へにょりとした形は少々哀愁を漂わせている風にも見えるが、ジャムや果物を添えればそれなりに形になるというもの。これもご愛敬である。
胃袋に入ってしまえば同じよね、と、星乃は開き直ることにした。
フライパンに残った生地の欠片をつまんでみたが美味だった。味に問題はなさそうだ。
「そりゃァジャムとやらがちと多すぎやしねぇか?」
「そう? 蜜璃ちゃんのお家でご馳走になったときもたっぷりかけたけど、すごく美味しかったのよ」
浮かれた様子でもりもりジャムを付け足す星乃に実弥は少々出来映えを案じた。間違いなく実弥には甘すぎるだろう量である。
( ···まあ、いいかァ )
しかし星乃の満足げな姿を眺めていれば、すぐに「好きにさせてやればいい」という気持ちに変わる。
星乃の調理の手際の危うさには何度も肝を潰された。どうなることかと思っていたが、終わってしまえばほどよく心地いい疲労感が実弥を満たした。
「お天気もいいし、縁側で食べましょ」
「俺は茶を点ててから行く。お前は紅茶とやらにすんのか? 甘露寺んとこみてぇな皿つきの丸っこい磁器はねぇが」
「器は特に気にしないけど、そうね。私も今日は抹茶にするわ」
中央にある作業台に抹茶椀を並べると、実弥は茶を点てる準備に取り掛かった。星乃は縁側へパンケーキを運ぶため、ジャムとフルーツが盛り沢山の皿を手にした。
「先にこれ、運んでおくわね」
「······気ィつけろよォ」
ふと、浮き足立った星乃に一抹の不安を覚えた実弥。
厨から縁側までには大小様々な段差がある。
以前も縁側でスッ転んだ星乃のことだ。またひっくり返りゃしねぇだろうなァという気がかりが頭を過る。
「星乃待て。そいつは俺が運」
「─え?」
そして、実弥は星乃を呼び止めたことを後悔するのである。