第17章 この指とまれ
星乃の頭上に、ぐちゃぐちゃの真っ黒焦げになったパンケーキが出来上がるだろう想像が浮かんぶ。故に、あわよくば実弥も一緒に···なんて思っていたわけなのだ。
( いくら以前と比べて時間ができたといっても、やっぱり駄目よね )
もうすぐ柱稽古もはじまる。その準備もしなければならないとさきほど実弥は言っていた。
それに、実弥はパンケーキを作る時間があるなら鍛練に励みたいという思いが強いだろう。
パンケーキ作りは一旦保留にする選択肢もある。もう少し料理の腕が上達したら挑戦してみればいい。とはいえ蜜璃が星乃のために手紙を用意してくれた思うと無下にするのは申し訳ない。
なにより、蜜璃の屋敷でご馳走になったパンケーキは、本当に美味しかった。
あの味を自分で作れるようになれたらどんなに素敵だろう。
( ······そうよね )
失敗しても、いいじゃない。
材料を無駄にしてしまうのは心苦しいけれど、できる限り自分の力で作ってみよう。
そう決意した星乃の横合いから、ハァ、とため息の落ちる音がした。
「ったく、仕方がねぇなァ······」
ほら、という実弥の掌が隣で揺れる。
「?」
「甘露寺からの手紙貸せよォ。材料は何を揃えりゃいいんだァ?」
「あ、え、っと」
わたわたしながら衣嚢から手紙を取り出し実弥に手渡す。
『揃えるもの』と書いてある一枚には、普段はほぼ馴染みのない外来語の食材が記されていた。
「塩と鶏卵 (たまご) はあるなァ······牛乳も毎日屋敷に届くだろォ。あとはなんだ、メリケン粉、ベーキング、パウダとやらに、バター、果物とジャムがありゃいいみてぇだが」
「バターは麹町のほうまで行かなきゃならないし、失敗しちゃったら勿体ないから無くてもいいかなって思ってるんだけど」
「なんだ、せっかくなら買っちまえばいいだろうがァ。失敗を前提にものを考えるんじゃねェよ」