第17章 この指とまれ
柱合会議を終えたあと、実弥は玄弥の怪我の具合が気がかりでしかたなく、こっそりと蝶屋敷へ赴いた。
玄弥と顔を合わせるつもりはなかった。
無事であることをこの目で確認できればいいと、それだけの思いだった。
頃合いよく、蝶屋敷には普段よりも人が少なかった。
たどり着いた大部屋の病室。出入口の影からこっそり覗いた先に見えた玄弥は、寝具を深く被り寝台に伏せていた。
膨らんだ寝具が緩やかに上下しているのが見え、怪我の具合は定かではないが致命傷を負っている様子はなく、ひとまずはほっと胸を撫で下ろし病室を後にした。
その帰りのことだ。
蝶屋敷の庭先で、禰豆子を見かけたのは。
『こ、の、の、ゆび、と、まれ』
『そうそう、禰豆子ちゃん上手!』
『この指と~まれって言うのよ』
蝶屋敷に暮らす娘たちが禰豆子を囲んで談笑していた。
実弥は心底驚いた。
柱合会議で禰豆子が太陽を克服したという話は聞いていた。それに伴い無惨が禰豆子を狙ってくるだろうという思惑も理解した。
だが、実際に目の当たりにした禰豆子の姿は以前柱合会議で一悶着あったときとは比べ物にならないほど人間に近い状態となっていたのだ。
気配は鬼だ。双眸の色も人と違う。
開いた口の隙間からは鬼特有の牙がちらちらと見え隠れしており、人間に戻ったとは到底言い難い顔立ちではあるものの、しかし上空から容赦なく降り注ぐ陽光のもと、口枷を外し人間に囲まれてわらう禰豆子は明らかに実弥の知る鬼とは違っていた。
「あ、あの」
ハッとすると目の前に幼い娘が立っていた。
実弥は素早く足もとに転がる毬を拾い上げ、不安げな顔で佇む娘に歩み寄ると腰を屈めて娘に毬を差し出した。
「気ぃつけてなァ」
おっかなびっくりで棒立ちしていた小さな娘は、自分の目線と同じ高さで微笑んだ実弥の眼差しに安堵したよう息をつき、手渡された毬を両手で挟んだ。
こくりと頷き、「ありがとう」と礼を言い走り去る。
実弥はしばし幼子の背中を双眸で追いかけた。