第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
実弥は絵画を見つめていた。
今は、そんな父親への怒りよりも、母や弟妹たちと過ごした日々に懐 (おも) いを馳せているような、あたたかく、切なげな眼差しで。
「実弥の目の色と同じ、深い紫色ね。とっても綺麗だわ」
「綺麗ってお前······そんなん言われたこともねぇよ」
「そう? 私は好きよ。実弥の目」
「···物好きなヤツだなァ」
星乃の指先が実弥の頬を優しく滑ると、実弥は照れ臭そうに星乃から視線を背ける。
「そういえば、お母様のお名前をまだ聞いてなかったわ」
「志津だ。不死川志津」
「お会いしてみたかったな···。実弥のお母様···。弟さんや、妹さんたちにも」
「······」
「···ぁ、ごめんなさい···。私いま、すごく···無神経なこと」
「いや、大丈夫だ」
穏やかな口ぶりでそう答え、実弥はまぶたを伏せた星乃のひたいに唇を落とした。
母、志津を殺めた日の喪失感が消えてなくなることはない。
家族や母の話を他人に語ることは滅多にないが、星乃には自然と母の名を口にしていた。
玄弥のこともそうだ。
星乃といると、これまで極力閉じ込めてきた家族の話がふとしたときに唇から零れ出る。
それは、実弥が自分が思うよりもずっと意外なことだった。
『とっても綺麗だわ』
綺麗なのは、星乃だと、実弥は思う。
擦りきれて褪せた世に再び色を取り戻させてくれたのは、匡近であり、星乃だ。
あきれるほど真っ直ぐでお人好し。突き放しても突き放しても、気づけば隣で笑っていた匡近。
どんな時も慈悲深く、柔らかな物腰で他人の心に寄り添おうとする星乃。
そんな二人の双眸は、自分なんかよりもよほど美々しい。
「······お前のお袋にも、会ってみたかった」
実弥の言葉に、星乃もまた、柔く、少し寂しげな笑顔を向けた。
飛鳥井の家を訪うた際、実弥は必ず仏間へ立ち寄り焼香で供香をさせてもらう。
仏壇には母と文乃の小さな遺影が飾られており、寫眞 (しゃしん) の中で微笑む母の容姿は星乃や文乃の面影を至るところに漂わせていた。