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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:





「······ねえ実弥。あの絵、素敵ね」



 情事を終え横たわる星乃の目線の先に、一枚の絵画が飾られていた。

 額縁のない小振りの絵画。それが、漆塗りされた栗色の床 (とこ) の間の上に直に立て掛けられている。

 星乃の背後で肘をつき、同じ向きに寝そべる実弥の双眸が星乃の指し示す絵画へと向けられた。

 ああ、それなァ、と相槌を打つような返事をし、手遊びで掬った星乃の髪が実弥の指の隙間をはらりと滑る。



「有名な画家さんの絵なの?」



 寝具の薄布を全身に纏った星乃が首だけを傾け実弥を見上げる。

 実弥は素肌に着流しを纏っている。後で隊服に着替え直すつもりなのかその着方は乱雑で、やはり立派な胸板があらわになっていた。

 寝間の入口から向かって右側に位置する小さな床の間。

 絵画はありふれた書物をもう一回りほど大きくした程度のもので、その横で暖かみのある光を発する行灯 (あんどん) のほうが存在感を主張している。

 つまるところ、控えめな印象の絵画だった。



「有名なのかどうかは知らねェ。先日鬼から助けた行商のおっさんが礼にとくれたもんだ。どっかの国のなんとかとは言ってたが」

「ふふ。じゃあ、西洋の画家さんなのかしら」

「横文字の名だったことは確かだが、思い出せねぇなァ···」

「けれど、あれ···奥に描かれているのは、扇子よね。日本にも馴染みのある画家さんなのかもしれないわね」



 さほど派手さはない絵だが、ぴたりと閉じた扇子の持ち手の部分は目を引くような赤色で、行灯の橙色にも唯一劣らない色味をしている。

 手前に描かれたスミレの花束が主役の絵画なのだろう。花束の後ろには、閉じた扇子と、外来語が筆記された手紙が描かれており、それ以外はなにもない、どちらかといえば慎ましやかな絵。

 実弥は外の国の絵画にも興味があったのだろうか。

 そう訊ねてみたがあっさりと否定された。


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