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はごろも折々、蝉時雨 ( 鬼滅*風夢 )

第3章 その蝶、侮ることなかれ



 やっぱり、なにも言わずに行ってしまうわよ、ね。

 案の如くの反応にほっと胸を撫で下ろし、それでいて、ほのかにがっかりしたような、なんとも言えない感情が星乃に小首を傾げさせたときだった。





「──…まァ、いいんじゃ、ねぇのかァ」





 コン、と、箒の柄竹の先端を石畳に置いた音がした。



「あら? それは似合っているということでいいのでしょうか」

「···まぁな」

「星乃さん、素敵ですよね?」

「···そうだなァ」

「とーってもお綺麗ですよね?」

「し、しのぶちゃん···っ」

「······」

「もしもーし、不死川さーん、聞いてますか~?」



 麻の葉柄を纏う肩が、ぐぐぐ···と上がる。

 正直なところ、「いいんじゃないか」。実弥がそれを口にしただけでも星乃にとっては御の字と言っていい。


 だからもう、これ以上は───…



「しなずがわさー」

「しつけぇぞ胡蝶ォ。······キレー、だ、っつってんだろうが」



 ──へ?



 思わずすっとんきょうな声が漏れかけ、星乃は一瞬呆然とした。



 ( ······いま、)



 視線を左右に泳がせながら、まばたきを繰り返す。

 空耳? 違う。でも、




 ( キレイって、実弥が言ったの? )




 実弥の口から『綺麗』だなんて言葉を聞くのはどのくらいぶりだろう。

 そもそも耳にしたことがあったかどうかの記憶さえ曖昧で、少なくともそれが自分に向けられたことなどこれまで一度たりともなかったのだから、にわかには信じがたい気持ちになるもの当然だ。

 戸惑いながらも実弥を見ると、色素の薄い髪の隙間から覗いた耳が赤くなっていることに気づいてしまう。




「────…っ」




 瞬間、とてつもない発熱が星乃を襲った。

 実弥が前方へ歩きだす。

 声をかけようとして言葉に詰まった。
 引き止めたところでなにを言ったらいいのかわからなかったからだ。

 身体がふわりと地から離れてゆくような、どこか現実味のない感覚に包まれている。蝉の声が思考を邪魔する。


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