第3章 その蝶、侮ることなかれ
ついでに、思い出に浸っただけです。
そう言うと、しのぶはもう一度わたあめをつまんで頬張った。
「あ、星乃さん、戻ってこられますね」
「おい」
「はい?」
「···持ってけェ」
実弥がしのぶに差し出したのは、まだ誰も口付けていないほうのラムネだった。
「けれどこれ、星乃さんへのものでは」
「構わねェよ。欲しがんならまた買やァいい」
「···まだちゃんと冷えてます?」
「···十分だろうがァ」
竹箒 (たけぼうき) を手に戻る途中、ふと、実弥がしのぶにラムネを渡しているのが見え、星乃は頬を綻ばせた。
「しのぶちゃんお待たせしてごめんね。すぐに済ませるからもう少しだけ待ってもらえる?」
「構いませんよ。そうそう、お言葉に甘えてわたあめを少しいただきました。このお砂糖の甘さ、なんだか懐かしい気持ちを思い出します」
「ふふ。よかったらもっと食べてね」
「星乃、寄越せ。後はやる」
テメェの後始末くらいテメェでやらァ。とでも言いたげに、実弥は竹箒を顎でしゃくった。
実弥がそう言うのならと、差し出された手に箒を預ける。
しのぶから返されたわたあめはてっぺんに角が立ち、道すがら見上げた空に浮かんでいた雲とそっくりな形をしていた。
「しのぶちゃん本当に帰っちゃうの?」
「ええ。まだ診療所にやり残していることもありますから···。でも、こうして偶然お会いできた星乃さんの素敵な浴衣姿を拝見することが叶って、私は満足です」
「わわ、照れるわそんな」
「とってもお綺麗ですし、お似合いですよ。ね? 不死川さん?」
「もう、しのぶちゃんてばやめて」
星乃が頬を赤くする。嬉しい反面、実弥に同意を求めるしのぶの笑顔に星乃は少々困惑めいた。
実弥に話を振ったところで建前は返ってこないだろうし、きっと、憎まれ口を叩くか、何も答えず行ってしまうに違いない。そう思ったからだ。
実弥は内心面倒に思っているのだろうなあ···。
星乃を一瞥した実弥の表情は"無"で、悪く思われているとも不明だが、とても良く思われているとは言い難い顔つきをしている。
そして、実弥は星乃たちに背を向けた。