第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
「尿とは違ェ。色もねぇし、匂いもねぇ。無味無臭だ」
「お潮······」
「いや"お"はいらねェだろう···」
星乃には聞き慣れない単語だった。"しお"というからにはしょっぱいものを想像してしまうところだが、星乃のものは無味無臭であると実弥は言う。
そうは言っても、正体不明の身体の異変は「はいそうですか」とすんなり受け入れられるものではない。
粗相をしたのだ。しかも実弥の目の前で。男女の営みにこんな恥ずかしいことがあるのだろうか。
「なんだ、その、昂ると、出てくるもんらしい。万人がそうとは限らねぇみてぇだが···。んな風に気にするほどおかしなことじゃねぇし、汚ぇもんでもねぇよ」
「けど実弥···さっき笑ったでしょう」
「あー、」
笑ったなァと、実弥は思い出したように目線をあげた。
「私が···粗相したからじゃ」
「いいや。あまりにも慎ましく吹いたもんだからよォ、こんなとこまで、星乃らしいと···思っただけだが···、ッ"」
「ま、また···っ、笑うなんてひどい···っ」
ムキになる星乃を眺め、なぜこうも愛くるしいのだと、実弥は降参にも似た想いで目尻を下げた。
星乃の一挙一動が、表情が、それが例えつむじを曲げてみせたものだとしても愛おしくてたまらない。
このままずっと、いつまででも愛でていられる。そんな気分にさせられる。
それは血の繋がった親兄弟や、苦楽を共にした仲間とも少し違う。ただ一人の女にこんな感情を抱ける自分が確かに存在しているのだと、星乃に触れるたび不思議な感覚に包まれるのだ。
こつん。
ひたいとひたいが、柔らかな音を奏で重なった。
「···愛らしい、つってんだよ」
「···っ、」
「頼むからよォ、機嫌直してくんねぇか」
実弥がそうあまりにも優しい声で言うものだから、星乃は言葉を返せなかった。
ただ、微かに汗ばむ実弥のひたいをたまらく愛おしく感じている。
頭頂を撫でる掌の温かみにすべてを委ねてしまいたい。
はやくまた、このひととひとつになりたい。溶け合いたい。
星乃の身体が。
星乃の心が。
実弥を欲してそう言っている。