第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
"殺"の部分をきつく握りしめる手の感覚が、隊服越しの実弥の背中に伝わった。
「そ、それは、お断り···します」
「···何がだ」
「お布団は運び直さなくて結構です、から」
「······」
「き、きちんと、寝間を案内···してください」
やけにかしこまりはじめた星乃に噴き出しそうになるのをこらえ、実弥は悟られないよう密かに奥歯をくいしばった。
「···寝間は、案内するほど広くねェ」
「ぁ、ぇ、っと、そうかもしれないけど、ほら、実弥は普段、どんな仕様で寝ているのかしらって···っ(?)」
笑いをこらえたことで少々突き放すような物言いになってしまった実弥。
失言から実弥の冠を曲げてしまったと思い違いする星乃。
結果、動揺した星乃の口からとっさに返った言葉がこれである。当の本人はもはや言ったそばからなにを口走ったのかすら忘れかけている。
( あァ、参っちまったなァ··· )
狂おしさを腹の底へ押し戻し、実弥はまぶたをそっと閉ざした。
( 鈍いんだか察しがいいんだかァ···意識したとたんに硬くなっちまいやがって )
にも関わらず、背中に遮二無二にしがみつく星乃を感じ辛抱たまらない想いが膨れる。そんな自分を馬鹿野郎がと罵る間にも、背面から浸透する星乃の熱が実弥の平静さを一思いに蝕もうとしてくるのだからどうにもこうにも手に負えない。
刻々とよみがえる、あの日の蜜のかぐわしさ。
熱い吐息に、甘やかな声音。たゆたう双眸。
それらは自制心をいとも容易く溶化させ、理性は次第に欲動という塊に変化してゆく。
屋敷に着いた早々手を出すような真似はしたくなかった。しかし惚れた女にこうまでいじらしいことをされ、平然と耐え忍べる男がこの世にどれだけいるだろう。
「なァ、星乃よォ」