第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
「別に無理するこたぁねぇよ。出来ねぇことは甘えちまえばいい」
「······」
出来ないことと言われ真っ先に浮かび上がるのは炊事だ。
実弥は、星乃の"それ"も考慮してそう言ってくれたのかもしれない。だからといって甘えすぎはいかがなものかという心苦しさは捨てきれないし、柱である実弥のほうが断然多忙なのだから、自分が家事をすることで少しでも実弥の負担を減らせられたらという意気込みくらいは持ち合わせている。
「だったら、実弥も、よ」
「ぁ?」
「実弥も、大変なことは甘えてね」
広縁 (ひろえん) の縁に立ち外を眺めていた実弥の頭が、星乃に向いた。
「私だけが実弥に甘えて守られるなんて、嫌よ。私だって、実弥と同じ気持ちなんだから」
「───…」
ふと、変わる風向き。
実弥につられて眺めた空は、紺碧に近い青。
随所に短いすじ雲が靡き、ゆったりと足並みを揃えて同じ方角へ移動する様は見ているだけで心が落ち着く。
雨雲は微塵も見られない。きっと今夜は月が明るい夜になるだろう。
実弥からの返答はなかった。
くるりと身体の向きを変え、「次、行くぞ」
星乃の頭頂にぽんと手を乗せ歩き出す。
耳殻を掠めた風が、
ただ、優しかった。
「この寝間で最後だ」
「寝間? それなら私、さっきのお部屋と一緒にしてもらえれば十分よ?」
のほほんと微笑む星乃を見ながら、実弥は少々呆れたような面持ちで口をつぐんだ。
このとき、実弥にとっては当然の、『布団を並べて眠る』という概念が星乃には皆無なのかもしれないと気づいた。育った環境のせいもあるのだろうから仕方のないことといえ、ついつい眉間に露骨なしわを刻んでしまう。
「あァそうかィ······ならお前の布団は後でそっちに運び直しといてやるよォ」
「え、さね、?」
寝間のふすまには手をかけず、星乃の横合いを過ぎてゆく実弥。
「───…ぁ、」
背後から、星乃の小さな声が漏れたのが耳に届いた。直後だった。
「っ、実弥待って···っ」
ぐいっ。
羽織を引っ張られ立ち止まる。