第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
人との出逢いも等しく己の財産だ。炭治郎のひたむきさやカナヲの変化も、星乃の心を少しずつ動かした。
塚本との出逢いは、今一度、過去と向き合うきっかけを作ってくれた。
それから───…
「···なんだよ、じっと見んじゃねぇ」
「···本当に、ありがとう実弥」
「ぁァ? なんのことだァ」
「ふふ」
「見せつけてくれるねぇ、お二人さん」
テーブル席の横からぬっと現れた源五郎が、こいつァおまけだよとみょうがの佃煮が入った小皿を二人の間に差し出した。
「祝言挙げるときゃあ俺にも報せてくれよなあ」
「ブッ"」
「っ、けほ」
味噌汁を噴き出す実弥と、白米が喉につかえ咳き込む星乃。
源五郎は以前から星乃と実弥が恋仲であると勘違いしており、こうして茶化されるのは今にはじまったことではなかったが。
「ッ"、勘弁しろよォ······源さんよォ」
このたび本当に恋仲となった二人である。
面映ゆさを誤魔化すように湯呑みを啜る二人をよそに、源五郎はかかかと笑いながら店の奥へと去って行ったのだった。
「身支度にはこの間 (ま) を使ってくれていい」
風柱邸に到着し、手水や湯殿、厨 (くりや) の使い勝手を案内されたのち、日当たりの良い一室の前で足を止めた実弥が障子戸を滑らせた。
実弥の言っていたとおりだった。
姿見、花台、文机、座椅子、書見台······その他、箪笥や衣桁 (いこう) など、部屋の角には星乃の家にあった家財道具がすべて纏められていた。
「こんなに広いお部屋使わせてもらっちゃってもいいの···?」
「かわまねえよ。ここが一番収納できる間だからなァ。道具なんかは好きに移動してくれていいが、骨の折れる仕事は言ってくれりゃあ俺がやる」
縁側の硝子戸を開きながら実弥が言う。
外から入り込んだ涼やかな風が、星乃の髪の隙間を抜けて奥へ流れた。
「ありがとう···。けど、なるべく実弥に甘えないよう頑張るわ」