第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
「···その気持ちだけで、十分だって言ったのに」
「このまま離れて暮らすよりかは、一緒に住んじまったほうがいいんじゃねェかと思ってなァ。だがまァ、お前が嫌だっつうんなら」
「嫌だなんて······っ」
星乃が感情をあらわにしたので、実弥は思わず石畳の上で足を止め、双眸を丸くした。
「そんなこと、あるはずない。少しでも実弥のそばにいられるのなら、私は嬉しい」
驚いたような実弥の顔を見て、星乃もとたんに恥ずかしくなる。
実弥の言っていた考えとはこのことだったのだ。
"鬼狩り以外のすべて"がなにを指しているのかに触れることはしなかった。漠然としていても、その言葉の頼もしさやありがたみに、十分過ぎるほど満足していた。
そんな星乃の想いの上を行くように、実弥はしかと明瞭な行く末を見据えてくれていたのだろう。
星乃の輪郭を、そよ風の撫でるような優しさがくすぐる。実弥の指先だ。
時折、こうしてほのか切なげな微笑みを浮かべる実弥は、いつも心になにを思っているのだろうか。
実弥の気持ちは実弥にしかわからないことがあっても、向けられている嘘偽りのない慈しみにはたじろぎのない芯を感じる。
注がれる視線。
恭しささえ残す触れかた。
醸し出される柔らかな空気の揺らぎ。
実弥の心に変わらず在り続けているものが、ふとした瞬間顔を覗かせ光を放ち、星乃を隈無く包み込む。
そんな自覚は、実弥にはないのかもしれないけれど。
途中、藤襲山の麓の定食屋に立ち寄った。
星乃と実弥が揃ってやって来たのは久方ぶりで、店主の源五郎はたいそう喜び二人を店内に招き入れた。
「それでね、機能回復訓練の最終日、つまりは昨日のことなのだけれど、霞柱様にお会いしたの」
焼き魚定食の魚に箸を入れながら、星乃は声に静かな熱を含ませた。
「あァ、時透かァ」
「剣士になってまだ数ヶ月なんでしょう? 年だって十四て聞いたわ」
「あいつは刀を握ってから二ヶ月で柱になっちまった奴だからなァ」