第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
「ま、まって、だってそんな突然、今日からっていっても、その、荷物とか」
「問題ねェ。お前の家の家財や調度品一式残らず、運び入れは済ませてある」
「!?!?」
「少々急だったがなァ、隠と顔見知りの業者に頼んで一昨日ようやく片付いたところだ」
「そ、それじゃあ、私のおうちは」
「あァ、とうにもぬけの殻だ」
星乃はぽかんとしたまま言葉を失くした。蝶屋敷で身体を休めている間そんなことになっていたとは露知らず。
衣類などを纏める役目は女性の隠に願い出たので安心しろと言う実弥。借家と知り大家への挨拶もきっちり済ませ引き払ったとのことだ。
たった二週間である。その短期間で任務をこなしそれらを進めていたと思うと、舌を巻かずにはいられない。
「師範へはひとまず鴉に言付けを頼んで報告済みだ。お前をよろしく頼むとの返事も受けてる」
「···そんなことまでしてくれたの······?」
「なんの断りもなくできるわけねェだろうがァ。そのうち暇を見つけて挨拶にも出向くつもりだ」
閑静な家並みの地に差しかかり、昨晩降った雨で濡れた石畳がてらてらと艶めいていた。
軒先からはみ出す終わりかけの紫陽花の葉は密に潤い、路端に咲く露草の青がより濃厚に視界を彩り始めると、幼い頃、露草や百日紅で色水を作って遊んだ記憶が鮮明に思い出される。
「なんだァ黙りこくっちまいやがって······不満か」
「そ、そんなこと···っ、けど、実弥は、本当にいいの···?」
風柱邸は広く、立派な屋敷だ。自分一人が転がり込んだところでさして邪魔にはならないのだろう。
それでも、実弥と一緒に暮らす、ということになるわけで。
( 急すぎて、心の準備が )
「いいも何も、俺は言ったはずだぜェ」
ふと綻んだ実弥の横顔に、少年のような悪戯っぽさが覗いた。
「鬼狩り以外の全部をお前にやるってなァ」
「···っ」
「俺の暇 (いとま) も、暮らし向きも、あるだけ揃って星乃のもんだ」