第15章 とまれかくまれ
後藤のことは、長く隠をしている少し気だるそうな先達としか見ていなかった。
後藤だけではない。
鬼殺隊の隠となってから、誰かと心を通わせる努力をすることなく生きてきた。
けれど今、これまでとは少しだけ異なる景色が塚本の眼前を彩っている。そんな気分でいる自分に気づく。
自分にも、"仲間"がいるのだ。
それだけで、もう一度顔を上げ前へ踏み出してゆこうと思える。
「······後藤さん、ありがとうございます」
廊下に射し込める安穏とした朝の光に、塚本はうっすらと双眸を細めた。
長居しちまって悪かったなァと詫びると、星乃はううんと首を振り、微笑んで実弥を見つめた。
星乃の纏う柔らかな空気感は以前となにも変わらない。それでいて、芯に真っ直ぐに伸びたものを感じる。凛としていて、綺麗だと思う。
精神的に疲弊することがあったのかもしれないというしのぶの言葉が気がかりだったが、別段何かに追い詰められている感じもしない。それどころか塚本への振る舞いには気丈さを感じたほどだ。
「んじゃあ、俺はそろそろ戻るぜェ。のんびり休んどけよォ」
「ありがとう。実弥も」
ふと、実弥は何かを思い返したように、その場に立ち止まった。
今一度、星乃のほうを向く。
見つめた先で、ん? と柔らかな微笑みが咲く。
「───…」
守りてぇなァ、と、心底思う。
この手で、星乃の笑顔を守り続けてゆけたら、と。
家族を失ったあの日から、自分なりに最善だと思うほうへ歩みを進めてやってきた。
目的は至って単純だ。鬼の殲滅。一刻も早く成し遂げるためには回り道などしていられない。
玄弥を生かすこともまた然り。その想いだけを胸に、心髄に、ひたすら叩き込んできた。
自問自答を繰り返し、極限まで削ぎ落とすやりかたしか出来ずに死に物狂いで生きてきた日々。
他人の説く正しさなど関係ない。この命は鬼への憎しみによって生かされ、殲滅のためだけに削られてゆく。
そんな自分が、突然身の処し方を改めることなどできるのだろうか。
この先、星乃の望み一つさえ、叶えてやりたくてもできないことのほうが多いだろう。