第15章 とまれかくまれ
星乃はうつむき、真っ白な寝具の波間を眺めた。
もしも兄の清二が怪我など負わず、文乃との婚約も破談になったりしなければ、今でも生きて人並みの生活を送れていたのかもしれない。塚本は、そんなやりきれなさを抱えずにはいられなかったのだろう。
寝具に作った涙のしみが、まだうっすらと白い波間を泳いでいる。そこに、星乃はそっと指を伸ばした。
「ひとの生死を目前に、なにかを考える余裕は、私にはありません···。ただ、とっさに身体が動いていた」
表面をひと撫でし、塚本へと視線を戻す。
「···清二さんのことは、私にはつらい出来事であったことに違いありません···。忘れて、許すことも、生涯叶う気がしません···。けれど、塚本さん。あなたはあなたです。あなたは最後まで、怪我を負った隊士を見捨てたりしなかった。諦めたりしなかった。塚本さんは、鬼殺隊として同じ意志をもった仲間です。私たちは、平和な世界を望む者同士です」
「────…」
塚本の双眸に、星乃の穏やかな微笑みが映し出される。本当は、鬼殺隊を退く旨を伝えるためここへ来た。自分はいったい何の役に立っているのだと、懊悩する日々がつらかった。
重ねて隊士を危険にさらし、役立たないどころか足を引っ張り、なおさらこれ以上鬼殺隊にいることに耐えられる気がしなかった。
けれど───…
「塚本さん。これからも、よろしくお願いします」
まだ、自分はここにいていいのだろうか。
こんな自分でも、誰かのために。
───もう一度。
「···はい···。こちらこそ······よろしくお願いいたします」
再び深く頭を下げた塚本の目尻には、うっすらと涙が滲んだ。
その間、大人しく無言を貫いていた実弥である。
和みかけていた空気にほっと一息つけそうな予感がしたのも束の間のこと。
「おい隠ィ」
またしても塚本へ睨みをきかせはじめた実弥によって、星乃の心臓はヒュ、となるのだった。