第15章 とまれかくまれ
薬品管理室からふたつ隣にある部屋が、星乃のいる病室だった。
扉の前に拳をかざす。眠りを妨げない程度の力加減を意識して、人差し指で三回小突くと辺りにしんとした空気が流れた。
星乃は寝台の上で穏やかな寝息をたてていた。
真っ白な寝具に包まれて、ぴくりとも動かず綺麗な仰向けの姿勢で寝ている。
窓掛けの隙間から射し込む朝日の光はまだ弱く、木漏れ日の影に踏み入った程度の明るさのなか寝台の傍らまで歩み寄ると、心底安堵した実弥の肩からようやく力が抜けていった。
「···ったく、人には無理してほしくねぇだのぬかして、泣きべそかいたくせによぉ」
心なしか普段よりも白く見える頬に手を添え、実弥は親指を滑らせた。
「生きた心地しねェんだよ······この馬鹿が」
規則正しく上下する胸もとから辿った上唇の膨らみを、ひどく愛くるしく思う。
柔く、少し湿った感触を指に乗せ、ふにふにと人差し指の背で上唇を何度か軽く圧していると、星乃のまぶたがぴくりと動いた。
抜かったと思った。
本当ならば、無事であることをこの目で確認できさえすればそれで満足するはずだった。顔だけを拝んで引き返すつもりでいた。それなのに。
( 何を堪えきれずに触れてやがんだ俺はァ )
ばつの悪い顔を浮かべて思う。
気配を殺し、起きてくれるなよォ···と願うも祈り届かず。
何度か薄い開閉が繰り返されたあと、おもむろに、星乃のまぶたが開く。
「···さ、ねみ······?」
目覚めたばかりの虚ろなそれが実弥を捉え、星乃は第一声を発した。
無思慮な行動から星乃の睡眠を阻害してしまったことに弁解の余地はないものの、目覚めた早々正確な人物を認識できたことにはほっと胸をなでおろす。星乃の意識に障害はないようだ。