第3章 その蝶、侮ることなかれ
黄色い破壊音が耳を突き、星乃としのぶは同時に「え?」と声を発した。
見ると、実弥の足もとでラムネ瓶が真っ二つに割れている。ひとつはまだ実弥の腕のなかにあるままなので、割れたそれは口づけていたほうのものだろう。
しゅわしゅわと発泡する液体が石畳の細かな凹凸に流れ込み、縦横無尽に広がってゆく。
「まあ大変」
「実弥、硝子、怪我は···っ」
「慌てんじゃァねぇよ、ちょっとばかし足に飲みもんがかかっただけだろォ」
「よかった···。あ、けどこのままじゃご迷惑がかかっちゃうわね。私なにか片せるものを借りてくるわ」
「オイ、んなもんはテメェで、」
「しのぶちゃん、ちょっとだけごめんね。これ持っててくれる? 食べてもいいから」
「え、ええ」
「止まれ星乃···っ」
わたあめをしのぶへ預けると、星乃はあれよあれよという間に近くの的屋まで行ってしまった。
ぽつんと置いていかれた実弥としのぶの間には、時の間の沈黙が流れる。
「···チっ、アイツはァ、ったくよォ。泡ァ食うと人の話を聞きやしねェ」
大息し、実弥はその場に腰を落とした。
割れた硝子瓶の破片をひとつひとつ拾い集めていると、くすり笑ったしのぶの声が頭上を舞った。
「不死川さんが思いのほかわかりやすい方だったのには、びっくりです」
「あァ?」
眉根を寄せ、ぐっと上を見上げる。
指先でわたあめをひとつまみ。ぱくりと口へ放り込むしのぶの仕草が双眸に映し出される。
「星乃さんのあの様子では不死川さんのお気持ちには気づいていないようですね」
「······何が言いてェ」
「いいえ?」
ただ、もう少し素直になってもよろしいのでは···と。
微笑みながら実弥を見下ろすしのぶの顔は、まだ十八という年齢よりもいささか大人びて見えた。
こんな風に、時折しのぶがちぐはぐな気配を漂わせるようになったのは、姉のカナエが死んでからだろうか。
今でこそおっとりと構えているが、カナエがいた頃のしのぶといえば物事をきびきびこなす、どちらかといえばせっかちな女だった。
いつの頃からか、しのぶは貼りつけたような微笑みの下で、そこはかとなく憤りを滲ませることが増えた。