第3章 その蝶、侮ることなかれ
普段は閑寂としている境内も、夏のこの時期ばかりは賑やかい。
狐の面を頭に乗せた幼子が、息を弾ませ笑顔で傍らを駆け抜けていった。続くように、星乃と実弥も揃って奥へと歩き出した。
匡近がいた頃は、一年を通し羽を伸ばしがてら三人で遠出することもよくあった。
それらはたいてい星乃の思いつきからはじまり、匡近が計画を立て、日々鍛練に明け暮れる実弥を半ば強引に連れ出すという、当初、実弥にしてみればなんとも煩わしい誘いであったわけなのだが、幾度となく繰り返されるうち徐々に慣れ、いつしかそれは実弥にとってもほどよい息抜きとなっていた。
「あら? 不死川さん?」
前方からやってきた知った顔にぎくりとし、実弥は即座に対象者に背を向けた。が、時すでに遅かった。
思いのほか人の行き交う境内で、気づくのに遅れた。油断もしていた。
ふわりと藤の花の匂いがしたと思えば、ぽん、と、小さな掌が実弥の背中を軽く叩いた。
「一瞬誰なのかわかりませんでした。不死川さんも、浴衣で縁日なんて来られるんですねえ」
「······浴衣くらい、着るだろォ···。つぅか、オメェはこんなとこでなにしてんだァ」
───胡蝶。
渋々振り返ると、胡蝶しのぶが近距離から実弥を見上げにっこりと笑んでいた。
「私は日用品の買い物ついでにちょこっと寄って······あら? 不死川さんのその手に持っているものはラムネですか? 涼しげで良いですねえ。けれど、あらら? おふたつ、ですか?」
見過ごしてほしいものに限ってしのぶは目ざとく突いてくる。
とっととどっか行っちまえェ······。
無言を貫き、実弥はあからさまに淀んだ空気を醸し出してみせた。
若干天然気質のしのぶは実弥の心情などどこ吹く風で、一切微笑みを崩さない。
「もしかして、どなたかとご一緒なんですか?」
【胡蝶しのぶ】
彼女もまた鬼殺の隊士で、実弥と同じ柱として組織を支える最高位の剣士である。
身長百五十ほどの小柄で華奢な体躯。
故に鬼の頸を斬る力はないが、薬学に長けた知識は毒を作り出すことも可能で、刃に仕込んだ毒を使い鬼を死に至らしめる。
鬼殺隊唯一の、鬼の頸を斬らない剣士だ。