第3章 その蝶、侮ることなかれ
三兄妹に手を振って、星乃は再び歩き始めた。
過日、匡近と実弥と三人で足を運んだ縁日を思い出す。
確か、あの日は実弥だけ隊服で来たのよね。と、星乃は道すがら「ふふふ」と静かに笑みをこぼした。
実弥の羽織は背中に"殺"と書かれているため、鬼殺隊の存在を知らぬ者は必ず実弥を二度見する。
さらにはあの容貌だ。実弥が隊服で道を歩けば、大抵の民間人が道中を譲るのだった。
神社の鳥居をくぐり抜けた先に聳える大木の下の陰で、すでに実弥は待っていた。
おぼつかない足取りで、星乃は履き慣れない下駄の音を速める。
「実弥お待たせ。早いのね。暑かったでしょう?」
「···いいや······俺も、今しがた着いたとこだ」
確認する程度に星乃を見ると、実弥はすぐに横顔を向けてしまった。
それ以上はなにも言わない。
まあ、多少の期待はしていたものの、実弥のことだ。そうなるだろうとの予想はついていた。
前回も実弥はこんな感じだったので、星乃は気を落とすこともなくくすりと笑んだ。
「実弥もちゃんと着てきてくれたのね、浴衣」
「あァ? そりゃあ、てめぇがしつこく言うからだろうがァ」
「素敵。良い柄だわ」
「そうかァ? 寝間着とたいして変わんねぇだろこんなもん」
「そんなことないわよ。すごく似合ってる」
遠目では黒色一色に見えた実弥の浴衣は、消炭色 (けしずみいろ) に、同色を薄めた色で麻の葉の柄が描かれていて、間近で目にした瞬間に印象がまた変わる。
帯は青緑の深い納戸鼠 (なんどねず) で、浴衣の柄にもよく合っていた。
( ただし、隊服ほどではないが胸もとははだけ気味である。本人曰く、首周りが詰まるのが苦痛だそう )
「昼間なのに思ったよりも人がいるのねえ」
「しかし、なんでまた縁日に行きてぇなんて言い出すかねェ」
「だって、夏だもの。しばらくこういう場所とは疎遠だったし、せっかくならまた季節の催しを楽しんでいきたいなって思ったの。忙しいのに付き合ってくれてありがとう、実弥」
「···別に···こんなもんで満足すんなら俺は構わねぇよ」