第13章 過ぎ来し方、草いきれ
匡近がいなくなってからというもの、星乃の前で匡近の話題はご法度だというのが仲間内での暗黙の了解だった。
代わって刃を振れなくなった星乃を、皆がこぞって哀れんだ。
もう、二人が祝言を挙げるだの、日取りはいつだの場所はどこだの、誰一人として口にすることはなくなった。
月日が流れ、今では匡近を知る皆で思い出話に花を咲かせることも叶っている。それでも二人の結婚が取り止めになっていたという話は聞いたことがない。
「···匡近は、大切な仲間で、親友で···家族、だった」
星乃はずっと、そんな匡近の優しさに甘えてきたのだと、気づかされた。
匡近は本当に優しいひとだった。長い間星乃を気遣い、必要以上に触れようとはしてこなかった。
そんなある日、思いがけず匡近の顔が至近距離までやってきたことに驚いて、星乃は咄嗟に、目に見えて不自然に、匡近を拒んでしまったのだ。反射的だった。
しばし気詰まりな雰囲気が二人の間をさまよったあと、匡近は言った。
『なあ、星乃は······本当に俺でいいのか?』
『匡、近···?』
『俺は、星乃が好きだ。大切に思っているし、これからだって、星乃の傍で、星乃を幸せにしたい気持ちに変わりはない。···けど、好きだから、もっと、星乃に触れたい、とも···思う』
"触れたい"
星乃には、その気持ちがわからなかった。
『星乃の俺に対する好きって、どんなものだ? 俺、星乃に男として見てもらえてるのかな』
男と、して?
どくどくと、心臓が早鐘を打つ。
どんな言葉を選べば、どんな道を選択すれば、匡近を傷つけずに済むだろう。真っ先に頭を過った思いだった。
そんなこと、ないよ?
ちゃんと、匡近のことが好きよ?
異性として? ······わからない。
───わからない。
匡近に嘘はつけなかった。
つきたくなかった。