第13章 過ぎ来し方、草いきれ
ゆっくりと寝返ると、匡近の、普段と変わらぬ穏やかな双眸と視線が通った。
『うーん···なんだか顔色も良くないなあ。本当に大丈夫か?』
『っ、や』
匡近の手が伸びてきた瞬間、星乃は反射的にまた布団に潜り込んでいた。
怖いと思った。
匡近は、清二さんとは違うのに。
『···ごめんな! 急にびっくりさせちゃったな!』
匡近が申し訳なさそうにはははと笑う。
ごめんなさい。
星乃は布団を被ったまま微かに声を震わせた。
『なあ星乃···なにかあったのか?』
匡近の問いかけに、星乃は何も答えなかった。
しんとした空気が流れる中、匡近は思案顔で寝床に伏せる星乃を見ていた。
星乃と出逢い一年以上の月日が経つ。星乃は弱音を吐くことを滅多にしないし、つらいことがあっても気持ちを抑え込んでしまうようなところがあるのでついつい気にかけてしまいたくなる。
この頃すでに、匡近にとって星乃は特別な存在となっていた。
『師匠が帰ってくるまで、俺道場で自主鍛練してるからさ。何かあったら声かけてくれよ』
それだけを告げ、匡近は一旦星乃の部屋から出ていった。
匡近は、この母屋の隣に建つ道場で生活をしている。道場は鬼殺隊入隊希望者が林道のもとで修行をする際の住まいで、朝晩の食事はキヨ乃の作るものを母屋で済ませる以外はすべて道場で暮らせる仕様になっている。
匡近が寝間から去っていったあと、星乃は布団の中で声を押し殺し泣き続けた。
こんなこと、誰にも言えない。きっと、父様も婆様も、文乃も悲しむ。
どうしたらいいのかわからない。思い出したくもない。
もうすぐ鬼殺隊の最終選別が待ち受けている。合格条件は七日間生き延びること。そこで鬼に喰われれば、すべてが終わる。終わってしまう。
一刻もはやく気持ちを立て直し、運命の日を迎える準備をしなければならない。
今自分がするべきことを見失ってはだめだ。
それからは、星乃は徹底的に清二を避ける生活を送った。清二が家庭教師の日は、極力山や道場などの屋敷外で鍛練に励んだ。
そして迎えた最終選別。