第13章 過ぎ来し方、草いきれ
一睡もできぬまま、気づけば月明かりは朝の陽光に変化していた。
まだ下腹部の鈍痛とだるさが消えず、部屋から一歩でもおもてへ出れば清二と鉢合わせてしまうかもしれないという嫌悪感もあり、星乃の身体と心が寝床から起き上がることを頑なに拒んでいる。
『姉様。文乃です』
声がして、障子戸の向こう側に文乃の線の細い影が見えた。
文乃が朝から星乃の寝間を訪ねてくるなんて珍しいことだ。
まさか、夜分のことが知れたのでは···。
心臓が、どくん、どくんと激しく震える。
『姉様···? 入りますね』
寝具の中で身を縮めると、す、と障子戸の開かれる音が聞こえた。
『···まあ、珍しい。いつも早起きの姉様が···。朝食の準備が出来ましたと婆様がお呼びですが、お身体の具合でも悪いのですか···?』
『···ごめんなさい。少し体調が優れなくて···朝食はいらないと婆様に伝えてもらえる?』
『でしたらなにか食べられそうなものだけでもこちらにお運びしましょうか···?』
『ううん···大丈夫よ。ありがとう』
横たわったままの星乃を気遣う、文乃の淑やかな声が風鈴の音のように空気を揺らす。
『···本当に大丈夫なのですか···? 姉様は頑張りすぎてしまうところがあるので···文乃は心配です』
まだあどけない、愛らしい文乃の声音。
清二なら、文乃を幸せにしてくれると思っていたのに。信じていたのに。
学舎へ通う回数も少ない文乃は、おそらく姉の自分よりも性の知識は乏しいだろう。
もしいつか、何も知らない文乃が自分と同じように清二に乱暴されてしまったら···?
考えるだけで怖気が走る。
『···文乃』
『はい』
けれど、話したところで文乃は信じてくれるだろうか。
清二はそれを、認めるだろうか。
『···今日は、体調が良さそうね』
『ええ。久しぶりにとっても良くて···。だから今日は清二さんが街へ連れていってくださるの』
清二さんが───。
表情を見なくても、文乃が満ち足りた顔をしているのがわかる。
文乃は清二を愛している。
『文乃ちゃん』
『清二さん』
『大丈夫かい?』
『それが···姉様体調が優れないみたいなの』