第13章 過ぎ来し方、草いきれ
清二は怯えていた。顔は青ざめ、尋常ではないほどの全身の震えが丸まる背中から伝わってくる。
『···文乃は、今どこに』
『部屋で、寝ている···。勉強の途中で体調が優れなくなったと言って』
『こんなこと、文乃が知ったら···っ』
『本当になんと詫びたらいいか···! 言い訳にしかならないが、僕も今、学業が辛い時期で、つい出来心で、衝動的に···っ』
『───…っ』
羞恥。嫌悪。失望。哀情。
このとき生まれたすべての感情を押し殺し、星乃は清二を許容した。金輪際繰り返さないという、清二の言葉を信じた。
文乃は、清二と出逢い明るくなった。
もとより控えめな性格に加え、病弱で塞ぎ込みがちだった文乃が外へ出たいと口にするようにもなっていた。女学校へ顔を出せる日数も少しずつだが増えてきている。清二のおかげだと思う。
この清二の今の姿を、文乃にどう話せばいいというのだろう。
私がこれしきのことだと水に流せば、万事丸く収まる。
星乃は自分にそう強く言い聞かせた。
しばし何事もなく日々は過ぎ、その日清二はいつものように家庭教師で飛鳥井の家を訪れていた。
急遽林道が所用で街へ出向くことになったのは夕刻のこと。そのうえ一晩屋敷を留守にしなければならないと言う。
清二に屋敷を任せたい。林道はそう清二に申し出た。
清二はそれを快く引き受けた。
文乃は、清二と過ごす時間が増えたことに大喜びしている。反して星乃は複雑な想いを抱えたまま承知した。
あの日から、湯文字や襦袢が消えることはなくなった。
しかし星乃は清二と幾らか距離を置くようにもなっていた。
そして、皆が寝静まった夜更けに、それは起きたのである。
『っ!? 誰···っ!?』
『あぁ···星乃ちゃん···すまない、僕は、もう』
『せい、じさ···っ?』
目覚めると、星乃の上に覆い被さる黒い人影が飛び込んできた。
清二だった。
『や、やめてくださ···っ、清二さ、』
『大声を出さないでくれ···っ、大人しくしていてくれれば、すぐに、済むから···っ』
『んん"っ、!!』