第13章 過ぎ来し方、草いきれ
「───紅葉さ···っ! ン"グ!!」
「おっと、慎ましくしていてもらいましょう。もっとも、この辺りは皆隣接する家まで距離がありますから、よほどのことがない限りは悟られたりもしないでしょうが」
「···ンぐ、──っ」
手巾を口の中にねじ込まれ、ぐるん、と身体が半回転したと思ったら、両手首を腰の後ろで固定され、星乃は捕らわれた罪人のような格好で身動きを封じられていた。
背後にいる隠の息遣いは、恐ろしいほど静かだ。
こんなときに限って着物であることが悔やまれる。隊服に比べ動きは格段に鈍ってしまうし、意のままに動けない。
そのせいばかりであるとも言えず、この隠の動きも相当なものであることは確か。
このひとは、いったい何者なの。
(っ、せめて、紅葉さんに)
星乃は隠の足の隙間を狙って履いていた草履を一思いに背後に飛ばした。
バン···ッ!!
草履は玄関扉に見事に当たり、庭にいる紅葉に異常を知らせるぐらいの物音にはなったはずだと手応えを感じた。
これで紅葉が異変に気づけば、すぐに人を呼びにいってくれるだろうとの望みを懸ける。
「もしかして、鴉に助けを乞うたのですか? では、残念なお知らせをいたしましょう。あなたの鴉はさきほど私が身動きを封じておきました」
「んっ、!! んんん"ん"」
星乃は身体を思い切り揺さぶった。紅葉の名前を懸命に叫んでも、捩じ込められた手巾が発声の邪魔をする。
紅葉さんになにをしたの···っ。背後に首を回して隠に鋭い視線を向ける。
「ご安心くださいませ。殺めたわけではございません。ただ、少しばかり睡 (ねむ) ってもらっているだけです」
礼儀正しい口調の反面、覆面頭巾の下に冷ややかな笑みが透けて見えるようだった。唯一表情を読み取れる双眸は、心なしか静かな怒りを滲ませているように思えた。
「そんな綺麗な着物を召して、どこへ行かれるんですか? 飛鳥井星乃さん」
「──か、は」
取り出された手巾に星乃の唾液の糸が引く。
「っは、······っ、あなた、誰?」
呼吸を整え、問う。
唇を、ひやりとした空気がなぞった。