第13章 過ぎ来し方、草いきれ
「飛鳥井様、久方ぶりでございます」
言いながら、その人物は星乃に深々と頭を下げた。
思い出したように、星乃は唇を小さく開いた。
「えっと、確か、以前お薬を届けてくださった」
隠の男だった。
「覚えていてくださり光栄に存じます」
姿勢を正した隠に向かい、「その節は大変お世話になりました」と星乃も続いて腰をかがめる。
「滅相もございません。隠としての任務に努めただけのことですから」
「なにか、あったのですか?」
「はい。実は、飛鳥井様だけにこっそりとご相談させて頂きたい旨があり参りました。恐れ入りますが、少々お時間をいただくことは可能でございますか」
隠は、業務連絡をするときとなんら変わらず淡々とした調子で星乃との距離をすっと縮めた。
眼前までやって来られると思わず改まってしまう。
上背がある男だった。
以前対面したときには別段気に止めることはなかったものの、こうして見ると、実弥と同じくらいか、もしくはそれ以上。肩幅も広く、隠のなかでは大柄といえる体躯だ。
隠が僚友や上役とごたついた場合、一般隊士が仲介に回ることがあると聞く。相談とはその類いだろうか。
聞き入れたい気持ちはやまやまなのだが、実弥との時間も容易に変更できるものではなく弱ってしまう。
「すみません······今日は所用で、今、少し急いでいて」
「そうなのですね。道理でお召し物が異なると」
「急を要するご相談ですか? もしそうなら鴉に伝言を頼みますから、少しなら──っ!?」
突如、隠がグン、と前に踏み込んだ。
「──!」
なにが起きたのかわからない間に、気づけば大判の布切れが星乃の口に強く押し当てられていた。
とっさに後方へ退いたものの、さらにぐっと迫った隠が星乃の身体に手を回す。口を塞ぐ布切れは、一般的な綿の手巾。薬品らしき匂いはしない。
感覚で相手の力を推し量る。力では敵いそうもなかった。おそらく強引に振りほどくことはできないだろう。