第13章 過ぎ来し方、草いきれ
「···うん、やっぱりこの着物にしよう」
約束の当日。
着るものがなかなか決まらず、姿見の前でああでもないこうでもないと頭を抱え続けた結果、普段から着付けることの多いお気に入りの着物に袖を通すことにした。
洋服は特別な用事で街へ出ていくときに着るものしかなく、数もない。そのうえ、山に囲まれたこの田舎の村を歩くような雰囲気のものとも少し違う。
いっそのこと、着なれた隊服で···とも考えた。しかしながらそこは乙女の微妙たる心持ちなのである。
「はあ···。縁日のときは緊張なんてしなかったのに」
あのときは実弥を特別意識していなかったのだから当然だ。
着物を纏い、帯を締め、髪にも少し手を加えて全身を整える。
紺桔梗という青みがかった紫色に、白い小花と縞を染めた小紋の着物。花の周りにほんのりと暈 (ぼか) しがかかっているのが好きだ。まるで、夜空に浮かぶ月のように柔らかな光を放って見える。
やっぱりこれが落ち着くわ、と星乃は姿見に映る自分の姿に笑顔を作った。色味や模様も気に入っているし、なにより身体に馴染んだ着物はほっとする。
そうこうしているうちに待ち合わせの時間が迫ってきていた。今から出ても時間ちょうどに到着するくらいだ。のんびりしすぎてしまった。急がなければ。
コロンとした楕円形の小さな鞄を手に掴み、パタパタと玄関口まで駆けてゆく。
間違えて隊服時の履き物に手を伸ばし、違う違う、と独り言。隣に並んだ草履を取り出し足を入れ、玄関の引き戸を滑らせた。
そのときだった。
「──!?」
目の前に、とある人物が立っていた。
「あなたは───」