第13章 過ぎ来し方、草いきれ
「近頃ノ星乃ハ、ホントウ二ヘンネエ」
「そ、そんなこと」
「実弥トナニカアッタノカシラァ」
「やっ、やあね紅葉さんてば、なにもないわよう」
ジャバジャバジャバジャバジャバジャバ
明らかな動揺を見せ、星乃は取っ手の動きを速めた。実弥の名前が出たとたんこれである。
「···水、アフレテルヨ」
「きゃーっ」
紅葉はおおよそを悟った。
手紙を書こうと思い立ったのは、それからすぐのことだった。
悩んだ末、星乃は筆をとることに決めた。
拝啓
長途の任務お疲れ様で御座います。御無事でお戻りになられた由、一先ず安堵致しております。御多忙とは承知の上、此の度お話する機会を頂戴願いたく存じます。就きましては、実弥の御都合の程をお聞かせ願い申し上げます。
敬具
ほんのこれしきを一筆箋に綴るのに、ずいぶんと時間がかかってしまった。
度重なる誤字脱字。万年筆を握る手が震えて文字が滲んだ。
何枚もの紙を無駄にし、ようやく書き終えたそれを紅葉の脚にくくりつける。
「紅葉さん、気をつけてね。実弥にもよろしく伝えて」
焼き栗をおねだりする紅葉には、「今度こそちゃんと用意しておきます」と約束し、飛び立つ姿を見送った。
実弥からの返事はすぐにきた。
『三日後の昼、都合がつく。縁日で待ち合わせた神社の境内の大木の下で』との言葉が紅葉の口から伝えられた。
あの神社は星乃が住む村の外れに鎮座していて、拙家からもさほど遠くない場所にある。星乃に無理のない場所を指定してくれたのは、実弥の心遣いだろう。
こちら側から申し出たというのに逆に気を遣わせてしまい、少々心苦しく思う。
思案を巡らせ、けっきょく躊躇いは示さずに承引した。何度もやり取りをすることで手間をかけさせてしまうのも申し訳なく思った。
三日後が、怖くもある。けれど、実弥に会えるのだ。
今はその喜びのほうが勝って、星乃はきゅうと鳴いた鼓動を胸の奥で抱きしめた。