第13章 過ぎ来し方、草いきれ
星乃は思い悩んでいた。
伝え聞いたところによると、実弥が遠方の任務から無事に帰還したらしい。
深手を負ったなどの報せはなく、想定していたよりもずっと早い帰還だったことには毎度のことながら肩の力が抜け一安心する。
お湯を張った桶の中、洗濯板に被せた衣類に石鹸をこすり合わせると、甘爽やかな香りがふわりと一面に花を咲かせた。
蝋梅が練り込まれているという石鹸は頂き物だ。贅沢品なので少しずつ大切に使用している。少量でも泡立ちが良く、乾いたあとにも残る香気は日々の気分を高めてくれる効果もあって重宝している。
天色の空を見上げると、紅葉が自由気ままに上空を旋回していた。
実弥が屋敷に戻ったという報せを受けたのは一昨日。
これまでなら、実弥に稽古をつけてもらうため差し支えのなさそうな暇を見計らい風柱邸を訪れているはずなのだが。
悩んでいるのはこのことだ。
恥ずかしいのである。
恋心を自覚してからというもの、ことあるごとに実弥のことを思い出しては顔から火を噴き出す毎日。
実弥も自分のことを···と考えると、些少ながらも夢心地さは否めない。その一方で二の足を踏む思いも入り交じり、顔を合わせたところで平然としていられる気がしなかった。
(···それに)
抜けるような蒼穹を眺める。
匡近のこと。
文乃のこと。
必ずしも実弥に受け入れてもらえるものではないことも、覚悟している。
「···あら紅葉さん。空の散歩はもういいの?」
「星乃···桶ノナカガ泡ダラケダヨ」
「え? っ、きゃー!」
見ると、桶の中が洗濯物ごと泡まみれになっていた。
紅葉が呆れたようにカアッと鳴く。
お水お水、と口にしながら、傍らにある井戸の手押し喞筒 (ポンプ) に手をかける。
何度か取っ手を上下させると、すぐにじゃばじゃばと水が出た。