第12章 ささくれ
星乃を誰より大切に思っていた匡近を、実弥は知っている。
この時、星乃に抱いてしまった自分の気持ちは墓場まで持っていこうと決意した。或いは、そのうち静かに消えてなくなればいいと願った。
どのみち自分は匡近のように他人を愛することはできない。
この命は鬼狩りのための命だ。それ以上でもそれ以下でもない。
幾度となく言い聞かせたが、月日はただ無情に流れてゆくだけだった。
消えぬ想い。それどころか、恋慕の情は増してゆく。
匡近の遺言。
憔悴してゆく星乃を突き放すには心がかりのほうが勝った。
刃を振れなくなった星乃に鬼殺隊を辞めるよう促した。だが星乃は復帰した。稽古をつけてくれと言い始めたのもその時からだ。
はじめこそ頑なに拒んだ。てめぇに割いてる時間は無ェときつい言葉で突っぱねた。それでも星乃は引かなかった。毎日のように屋敷まで足を運んでは頭を下げた。
姉弟子が弟弟子に頭を下げるなど、普通ならありえないことだ。
星乃は本当にしつこかった。そのしつこさはかつての匡近を上回るほどだった。
とうとう折れるしかないところまで追い込まれ、やはり継子の申し出ばかりは受け入れられないという結論に至ったが、時折稽古をつけるだけで星乃が納得するならば、聞き入れてやるしか道はなかった。
師範の娘。
姉弟子。
匡近の許嫁。
放り出すにはなんとも条件の悪すぎる女だった。
自分なりに距離を保って接してきたつもりだ。稽古もそのうち音を上げ逃げ出しちまえばいいと、徹底して厳しくし、荒々しく振る舞った。
実弥がここまですれば大の男隊士でも逃げ出す輩は少なくない。だが実弥の想いとは裏腹に、星乃が音を上げることはついぞなかった。
ふやけた指先にささくれを発見し、剥ごうとして、いつかの星乃を思い出す。
『あ、だめよ無理に剥いじゃ。ちょっと手を貸して』
『···いちいち構うんじゃァねェよ』
『こういう、先の細いハサミで切ってあげたほうが痛くならなくてすむのよ』
『ったく······全身の傷に比べりゃあ、ささくれなんざ蚊に刺されたようなもんだろォ』