第12章 ささくれ
『ささくれを甘くみてはいけないわ』
『フン···親不幸ってこったろうなァ』
『ふふ、それって迷信の類いでしょ? 確か、ささくれができると痛くてお家のお手伝いができなくなるから、だったかしら』
『別に深い意味はねェ、言ってみただけだ』
『そうね···。実弥はきっと、無理して剥いで、痛くても平気な顔してお手伝いをこなしちゃうと思うの。でも、時には誰かの手を借りて適切に処理してあげれば、痛みも傷も最小限ですむわ。お手伝いもみんなでやれば早く終わるし、そしたらなんの問題もないでしょう?』
『······』
真っ当な答えがほしくて呟いた言葉でもない。
ただ、たかだか小さなささくれを丁寧に処理する星乃の手があまりにも優しくて、それ以上は何も言えなかった。
細やかな気遣いができる女だ。良い嫁にも母親にもなれるだろう。
匡近との婚儀は叶わず終わったが、これから先、別の男と一緒になって普通の家庭を築くことのほうが星乃のためだ。その想いは今でも変わっていない。
想いを伝えた一方で、星乃が自分を好いてくれるなどとも思っていない。匡近を忘れられないならそれでもいい。別の男と一緒になると決めたなら祝福し見送ろう。
それで星乃が幸せになれるのだったら。
匡近も、星乃の幸せを願っているはずだから。
宵の空に星が流れる。
ささくれは、宿に戻って適切に処理してやろう。
またたきはじめた星を見上げて、実弥はしばらく湯の中で思いに耽った。