第12章 ささくれ
里の宿の一室で、義勇はパチリと目を覚ました。
「は、冨岡様···! お目覚めになりましたか···!」
「ここは···? 俺はいったい」
「冨岡様、温泉でのぼせて気を失われたんですよ。なかなかお戻りにならない冨岡様を心配した里の者が野天風呂へ様子を伺いに脚を運んだところ、不死川様のお声が聞こえてきたそうで···。駆けつけると冨岡様がぐったり横たわれていたと」
ひょっとこの面の下から穏やかそうな青年の声がした。青年はうちわで義勇に風を送り出しながらそう話す。
そよそよと、優しく気持ちの良い風が義勇の顔を何度も撫でる。
「···そうか。迷惑をかけすまない」
「不死川様がご一緒されていたこともあり大事に至らずほっとしました。冨岡様、これからはどうかお気をつけくださいませ」
「ああ···そろそろ上がろうと思っていたところに不死川がやってきて」
「それはそれは。柱同士お話に花を咲かせてしまわれたのですね」
「いや、不死川はずっと怒っていた」
「はい?」
「不死川は俺と会うとなぜかいつも怒っている」
「は···はあ」
青年はひどく戸惑った。
まず、鬼殺隊の柱ともあろう人間が、里の温泉でのぼせたと真っ赤な顔をしながら担がれてきたのだ。
のんびり浴衣を着せている時間もなかったらしく、裸体に浴衣を被せただけの状態の義勇が担がれてきたとあり里の者は皆てんやわんやしていた。
それだけでも我が目を疑う光景であったというのに、意識を取り戻したかと思えば布団に横たわりながらなんとも侘しいことを口にしている。
「裸の付き合いとやらで、温泉に浸かっていれば、仲良くなれるかもしれないと思った」
「は、」
そう。
実弥とは反対に、義勇のほうは実弥と親しくなりたいと考えている。
しかしながらその素直な気持ちはいつも空回りに終わってしまう。
裸の付き合いをすべく熱さに耐えた今回も、実弥にとってはとんだ迷惑をかけられただけの話にすぎず、悲しきかな、実弥の心はますます義勇から離れてゆくのであった。
「ブフ、」
「?」
青年はこらえきれずに吹き出した。冨岡義勇の愛らしい姿を見てしまった気がした。
義勇は穏やかな風を浴びながら、そのうちにまたすやすやと眠りについた。