第12章 ささくれ
山頂付近に到着すると、硫黄の匂いがむわりと顔面を覆い尽くした。
木々の狭間、野天風呂を囲う巨大な岩が見え、近場の木陰で隊服を脱ぎ取る。
視界を遮る湯煙をかき分けて奥へ進むと、人影が見えた。
先客がいた。
「あ」
「あ"?」
湯の中から振り返った顔を見て、実弥は露骨に顔を歪めた。
「不死川も来ていたのか」
「んだァ······冨岡かよォ」
一人でのんびり浸かりたかった気分を削がれむっとする。その上普段から気に食わないと見ている冨岡義勇とは。
水柱の【冨岡義勇】
義勇は寡黙で何を考えているのかよくわからない男だった。口を開けば実弥の癇に障ることばかり言う。故に、実弥は義勇のことが好かない。
義勇に悪意はないのだ。
口不調法な彼はなにぶん言葉足らずなことが多く、皆に誤解を与えがちなだけなのである。
引き返そうとも迷いかけたが、すでに実弥も一糸纏わぬ姿でいる。ここで出直すなどありえない。
とっととテメェが出ていけやァとでも言わんばかりの圧力で、実弥はザブンと湯の中へ身体を沈めた。
乳白色のしぶきが飛び散り、義勇の顔にびしゃりとかかる。
しかしながら、そこは義勇である。果たして実弥の醸し出すむかっ腹から思いを汲み取ることはできるのだろうか。
無言だ。
能面だ。
ものの見事とも言えるほどぴくりとも動じない。
実弥は「チッ」と舌打ちをした。
「冨岡ァ、テメェいつまでここにいやがるつもりだよ」
「深夜には発つ予定だ」
「里を出る時間じゃねぇ、この野天にいつまでいるつもりかって聞いてんだよォ」
「そうだな······浸かりはじめてそろそろ半刻 (約一時間) になる。この辺りでと考えてはいたが」
「はァ!? 半刻ィ!? 正気かよ」
「? 極めて正気だ」
「とにかくなァ、俺はテメェと仲良く肩並べて湯浴 (ゆあ) みなんざごめんだぜェ。とっとと引き上げろ」
「肩は並べていない」
「そういうことじゃねえんだよテメェ」
実弥は湯の中で怒りに任せ拳を握った。
これだからこの男との会話は苛つくのだ。
柱合会議で柱が各々意見をしても、義勇は滅多に発言しない。それどころかまるで自分は無関係だとでもいうような顔をしている。