第12章 ささくれ
あんな風に思い詰めた表情を見せるほどの星乃の話は、匡近の口からも聞いたことはない。ただ、言われてみれば、思い当たる節がないこともなかった。
匡近との会話の断片が、ふと実弥の記憶を横切る。
共同任務当日の道中。
その日、実弥と匡近が顔を合わせたのは久方ぶりで、互いの消息無事を確認できた安堵感から何気ない会話に花が咲き、厄介な任務へ向かうという気の引き締まる思いの一方で、睦まじい雰囲気のまま目的の町までの片道を並んで歩いた。
そろそろ到着するだろうと思われた頃、歩みを止めた匡近に改まって名前を呼ばれた。
振り向いた実弥に、匡近は言った。
『──なあ、実弥。
······星乃のことなんだが』
つい先刻まで、くだらない話で大口を開けて笑っていた匡近の神妙な面持ち。
"粂野さんと飛鳥井さん、とうとう祝言を挙げるらしいぜ"
実弥に、数日前の仲間の会話がぐるりと巡った。
───…聞きたくねぇ。
一瞬、そう思った。
匡近なら、星乃を必ず幸せにしてやれる。人並みの人生を捨てて鬼狩りをしている俺と、匡近は違う。匡近や星乃のような人間は、そうでなければならない。
幸せにならなければいけない。
心の光を曇らせることなく生きている匡近が好きだった。匡近を見ているだけで、人並みを捨てたはずの実弥の心も人並みの喜びで満たされた。
その匡近が、新たな希望の門出を迎えようとしている。この上なく喜ばしいことだ。
納得している反面、祝いの言葉ひとつ贈る準備もすぐ整わぬほど、このときの自分はまだ子供 (ガキ) だったと思い知らされた。
『屋敷はすぐそこだ。話なら後で聞いてやらぁ。こっから先は集中していくぜ』
目的の屋敷が見えたことを理由に、匡近の言葉を遮った。
実際、日も暮れかけていた。空模様も危なげで、異様な空気が先の屋敷から微かに漂ってもきていた。そして、屋敷に足を踏み入れ間もなくのこと、匡近と実弥は鬼の仕業で引き離され、下弦の壱との戦いに突入したのである。