第12章 ささくれ
『なあなあ、聞いたか? 粂野さんと飛鳥井さん、とうとう祝言を挙げることになったらしいぜ』
『それ本当か?』
『ああ。なんでも二人が梟邸から出てきたのを見たやつがいるらしい』
『祝言に使われることで有名な料理屋のあの梟邸か。下見でもしていたのかな』
『あ~! これで俺のささやかな夢は破れた』
『なんだそりゃ』
『お前だって飛鳥井さんに憧れてただろ』
『所詮は憧れだ。めでたい話じゃないか。なあ不死川。お前二人の弟弟子だろ? なんか聞いてないの?』
それは、匡近と自分に共同任務の指令がくだる数日前のことだった。
匡近と星乃が結婚の約束をしている間柄であることは知っていた。しかしながら、正式に祝言を挙げることになったという話は寝耳に水だった。
「不死川様。刀はいったんこちらでお預かりさせていただきます。返納は明日の夕刻を予定しておりますが、調整で何度か鍛冶師のもとへ出向いていただきたく存じます故、その際は隠が不死川様のもとまでお迎えに上がります」
「あァ、わかった」
「では、しばし里でごゆるりとお過ごしくださいませ」
「頼んだぜェ」
実弥は刀鍛冶の里へ来ていた。繁忙を極めた生活も、任務を幾つか行冥へ任せたことによりずいぶんと負担は減っていた。
明日の夜にはまた新たな地区へと急がなくてはならないが、それまでは里の用意してくれた宿で存分に心身を休められる。
藤の花の家同様、食事や洗濯、寝床の確保など、身の回りの世話は里の人間がすべて無償で賄ってくれるため、隊士はひととき休息のみに専念できる。
里の山頂付近には、傷によく効く温泉があった。
生傷の絶えない実弥の身体。その湯に浸かれば格段に治りが早くなることもあり、滞在中は朝から晩まで頻繁に足を運ぶ隊士もいるほどだ。
食事の準備が整うまではもうしばらくかかるらしい。
( ひとっ風呂浴びてくっかなァ )
渡された浴衣を手に、温泉目指して山道を歩き出す。
道すがら、斜面に咲くキンランの花を流し見て、星乃を思った。
あのときの星乃の言葉は、いったいどういう意味なのか。
『匡近から、なにも聞いてなかったの······?』
『実弥の気持ちは、私にはもったいなさすぎるわ』