第11章 律呂の戯れ
木々の隙間から微かに漏れる陽光と、清らかな水の音。
庭の真ん中あたり、家屋の前で足を止めると、すっと実弥の手が離された。
「···ここしばらく任務が落ち着かなくてよォ、便りもなくて、悪かったなァ」
「ううん···。話には聞いていたから、大変なんだろうなとは思っていたし」
一呼吸の沈黙。それを、もう一度実弥が破る。
「もっと早く······詫びねぇととは、思っちゃいたんだが」
「実弥···」
「お前の気持ちを、蔑ろにしたこと」
心持ち、面映ゆそうに首の後ろに手を添える実弥の横顔を片時眺め、星乃は足もとに瞼を伏せた。
「俺ァ字が書けねぇし······まァ、書けたとしても、こういうことは口で言いてェだろ······と、思ってよォ」
蝶々が舞う。
はたはたと、耳殻のそばを羽根が行き交う。
黄色、白、黒、橙。
草木ばかりの庭に花は一輪とて咲いていないはずなのに、視界を彩る羽根が色鮮やかで美しく、この世の片隅がゆっくりと眩みはじめる。
涙が零れ落ちてきそうで、星乃は奥歯を噛みしめた。
「···さすがにもう、わかっちゃァいるだろうが」
これ以上
「─────…お前が好きだ」
心を高鳴らせては、駄目なのに。
思いに反して、口づけの味がよみがえる。
実弥の気持ちを知ったとき、ひどく胸が苦しくなった。
こんなに、こんな風になるまで実弥は、自分の気持ちを押し殺してきたのか、と。
いったいいつから。
いったいどれだけ。
実弥の優しさに軽率に甘え続けてきた自分。
私はきっと、手を伸ばせばその優しさに触れられることを知っていた。これでは、匡近のときとなんら変わらない。
「まだ、お前が匡近を想ってるってんなら」
実弥の言葉を遮るように、星乃は小さく頭を振った。
実弥は、匡近のことで少しだけ思い違いをしている。
「そのことだけど、もしかして、匡近からなにも聞いてなかったの···?」
「あ···? そりゃ、どういう、」
「実弥の気持ちは、私にはもったいなさすぎるわ」