第11章 律呂の戯れ
「しかたねぇだろうるせぇな、黙っとけ」
「やめてくださぁい」
「はなしてください~」
「カ、カナヲ!!」
とうとう泣き出してしまったきよとすみを見て、星乃はいたたまれない気持ちになった。
カナヲは顔面に冷や汗を流し、立ちすくんだままでいる。アオイが助けを求めても、ひどく逡巡するばかりで身動きもできない様子だ。
自我が非常に乏しいカナヲは、意思表示や感情表現に無意識に歯止めを効かせてしまうのだ。
「待って実弥、お願い音柱様をなんとかして」
「···あァ? そこに胡蝶の継子がいるじゃねぇか」
「カナヲちゃんも別の任務があるのよ···っ」
「···羽織を引っ張んじゃあねェ」
掴まれていないほうの手で実弥の羽織をぐいぐいと引っ張っると、実弥はようやくその場で一旦歩みを止めた。
「カナヲ!」
「カナヲさまーっ」
天元の背中は容赦なく遠ざかる。
実弥はカナヲやアオイの実情を知らないのだ。かといって一から説明している時間もない。
止むを得ず、実弥の手を強引に振りほどこうとした矢先、星乃はにわかには信じられない光景を目の当たりにするのである。
天元に担がれたままの二人を、ガッシリと、カナヲが掴んで引き止めたのだ。
【栗花落カナヲ】は、決して恵まれていたとは言えぬ環境で幼い頃を生きてきた。
極限まで押し殺してきた自己。そうしなければ命を奪われてしまう暮らし。
カナエとしのぶに出逢えたことは幸運と言えよう。しかし閉ざしてしまった心の声は簡単には戻らない。
カナヲは、人の指示に従うか、銅貨を投げて物事を判断するより他、己の意思で行動することがないという。しのぶから聞いた話だ。
それが、今はどうだろう。カナヲは確かに自分の意思で、銅貨の力も借りずに二人を懸命に引き止めている。
星乃はカナヲのとった行動に目を見張る想いでいた。
「地味に引っ張るんじゃねぇよ。お前は先刻指令がきてるだろうが」
そう言われても、カナヲはすっぽんのようにひたすら天元に食い下がる。
「何とか言えっての!! 地味な奴だな!!」
「キャーッ!!」