第11章 律呂の戯れ
天元のまぶたがピクリと動いた瞬間に、凄まじい威圧感が星乃の体躯を駆け抜けた。
もと忍の性質か、天元の纏う空気には一分の隙もない。そして、少しばかり殺気立っているように思える。
「あの、なにがあったのかは存じませんが、彼女たちはひどく怯えているようです。どうか離してあげてください」
「···ぐずぐすしてる余裕もねぇから手短に話すが、これから出向く鬼狩りの任務に女が要る。そんな訳でちょいとこいつらを拝借したい」
「任務ですか···? しかし、彼女たちはしのぶちゃ···胡蝶様の家族です。胡蝶様に無断でそのようなことは」
「そっちに地味に突っ立ってやがるのは継子だから胡蝶の許可もいるだろうが、こいつらは継子じゃねぇみてぇだし、必要ないだろ」
確かにアオイは水の呼吸を操ることのできる隊士だ。だが彼女に深く植え付けられた鬼に対する恐怖心はいまだ消えてないと聞く。長い間任務へ出向けていない彼女が鬼と戦えるはずがない。
なほに至っては隊士ですらない。
すると、突如天元の顔が星乃の真正面にやってきた。その距離、わずか目と鼻の先。
星乃の頬を、振り子のように揺れた装身具がするりと掠める。
「あんた階級は?」
「甲、ですけど」
「···ふーん」
「······?」
じろじろじろじろ。
端正な顔立ちが星乃を隅々まで凝視する。
敵意がないことはわかっていても、油断したら仕留めるぞ、と言われているような緊張感が後退りしたくなる気持ちを助長する。
だがこんなときこそ視線を逸らしたら負けである。怖気づいてなるものか。
星乃は天元の目玉に必死に食らいついてみせた。
「なら飛鳥井、お前がこいつらの代わりに来るか?」
「え?」
「それだけべっぴんならあれこれする手間も省ける。忍び込むのも容易いだろうよ。おまけに甲だ。実力も申し分ない。お前が俺についてくるってんならこの二人は解放しようか」
忍び込む···?
任務とはいったいどういったものなのか。
こうして柱が向かわされるくらいだ。もしかしたら、上弦の鬼の現れるような場所なのかもしれない。