第10章 潜熱の訪れ ( 誕生日 )
実弥の肩越しにはらはらと舞い落ちてくる銀杏の葉を双眸で追いかける。
口づけの味は、不思議とまだ消えずに残っている。
「···悪ぃな。そろそろ行かねぇとならねェ」
「あ···じゃあ私、ここを片してから帰るわね」
「あァ、頼んだ」
「実弥」
なぜ呼び止めたのかわからなかった。ただ、思うより先に口が開いた。
「···あの、気をつけてね」
呼び止めておきながら、それ以上の言葉が見つからなくて沈黙する。すると、
( ───あ )
サアァ···ッ。
風になびいた髪の毛が、星乃の紅潮した頬をくすぐり眼前の視界を遮った。
まるで、身の置き所を彷徨うように舞い落ちる葉の向こう側、実弥の唇がほんのり淡く綻んだのが、髪の毛の隙間からわずかに覗いた。
黄金色 (こがねいろ) の葉に隠れた目もとが見えたのは、ほんの一瞬。
見間違いだろうか。
もしかしたら、都合の良い幻だったのかもしれない。
そう思えるほどの、わずかな刻 (とき)。
星乃の世界を埋め尽くした実弥の顔は、泣きたくなるほどに、優しい双眸を携えていた。
「······同じもの、売っているかしら」
弁償しなくちゃと考えながら、庭先にしゃがみ込み、砕けてしまった急須の破片をひとつひとつ拾い集める。
いつしか陽光は濃くなっていて、村人たちの活気ある声が屋敷の外で行き交っている。
実弥に贈り物を渡し終えたら、その足で匡近の墓参りへ出向くつもりでいた。今年も無事に、実弥が誕生日を迎えられたことの、報告をしに。
聳え立つ山に囲まれた、とある閑静な平野の土壌に、匡近は匡近の実弟と共に眠っている。
けれど、実弥とあんなことがあった後、どんな顔で匡近に会いに行ったらいいのかわからない。
「···最初の頃は、頑なに教えてくれなかったのよね、自分の誕生日」
出逢った頃の実弥は周囲に馴染もうとしなかった。
それは鬼殺隊に入ってからも変わらずで、当初は星乃と接するときもどこか他人行儀であったし、匡近に至っては、それはそれは目くじらを立てられるほど鬱陶しがられる有り様だった。